2019年5月27日(月)

金沢 過去・現代 層重ね街に個性 金沢工業大学教授 水野一郎さん(語る ひと・まち・産業)
多様な美意識共存

2017/9/27 12:00
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■建築家で金沢工業大学教授の水野一郎さん(76)は金沢の街づくりに携わってきた。就職した都内の建築事務所で丹下健三氏の弟子、大谷幸夫氏に師事。金沢工大の校舎の設計に関わったのを機に1970年代後半、金沢に移住した。

 みずの・いちろう 1941年東京生まれ。64年東大工卒。66年東京芸大院修了、76年まで大谷研究室勤務。79年金沢工大教授。石川県の文化財保護審議会委員など歴任。金沢市民芸術村でグッドデザイン大賞。

みずの・いちろう 1941年東京生まれ。64年東大工卒。66年東京芸大院修了、76年まで大谷研究室勤務。79年金沢工大教授。石川県の文化財保護審議会委員など歴任。金沢市民芸術村でグッドデザイン大賞。

「大学の1号館に入ると吹き抜けになった広い屋内広場が目に入る。学生や教職員が交流できるラウンジエリアだ。全天候型の『たまり場』を作ろうとの発想で設計された。この広場を取り囲むように講義室や教員室、学長室を配置。学園のすべての主体が同じ空間を共有する構造だった」

「大学紛争が盛んだった60年代。設計を主導した大谷氏自身、東大で学生交渉の矢面に立っていたが、当時の学園トップは設計にゴーサインを出した。金沢という街の懐の広さとともに、建築の仕事は多様なものを共存させる都市のデザインそのものだと思った」

「高度成長期の地方開発には違和感を感じていた。金沢を調べる中で面白いと思ったのが、加賀藩以来の伝統を持つ工芸だ。当時、陶磁器や漆器の種類数、作家の入賞数、工芸品の出荷額など、どれをとっても石川県は全国3位以内だった。工芸を旗印に自律的で多様な都市づくりに携わりたいと一念発起した」

■市民が様々な芸術に親しめるようにと96年オープンした「金沢市民芸術村」を設計した。最近は多彩な工芸品をちりばめた北陸新幹線の金沢駅の整備にも携わった。

1985年、世界の漆文化の調査でミャンマーを訪問(右端が水野氏)

1985年、世界の漆文化の調査でミャンマーを訪問(右端が水野氏)

「市民芸術村は紡績会社が使っていたれんが造りの倉庫群を保存し、市民が音楽や美術、演劇を練習・実演できる施設として活用している。金沢駅整備では30を超す伝統工芸の団体から作品を提供してもらった」

「東京国立近代美術館工芸館が2020年をメドに金沢に移転することが決まり、発信力は高まる。工芸品は買う人がいてこそ輝きを増す。市民には一流品を支えてほしい。茶わんやカップなど身の回りのものに工芸を取り入れ、使いこなすことが必要ではないか」

「新幹線の開業以降、観光客が増えた。工芸や食はどちらかといえばマイナーなものの集積だがニーズには対応しなければならない。量と質の両立が課題だ」

■江戸期、近代、現代が年輪のように層をなして共存する「バウムクーヘン型」の都市づくりが自らの役目だという。

「明治の建築界の巨匠、辰野金吾氏が設計した生命保険会社の支店がかつて金沢にあり、保存運動を展開した。その時、地元の経済界が県や市、旧大蔵省まで出向いて折衝してくれたことが忘れられない」

「酒造会社やホテルの経営者など金沢の経済人はもともと景観保全に熱心だ。戦災に遭わず残った建造物や町並みは市民の財産。金沢の個性は多様な美意識や価値観を残すという歴史的な重層性にある」

「一方、金沢駅東口の駅前広場を覆う『もてなしドーム』は先進的なガラス張りだ。瓦屋根を使った方が金沢らしいという声もあったが、新しいデザインを取り入れるのも金沢らしさ。我々の時代のものを作ろうという気概がなければ、後の世代に笑われてしまう」

■前田家以来の工芸文化

《一言メモ》 水野氏が参画した金沢駅東口の「もてなしドーム」は雪囲いをイメージし、訪れた人に傘を差し出すとのコンセプトで作った。北陸は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど雨が多い。石川県の降水量は多い年で2800ミリを超え、全国でもトップクラスだ。

金沢では加賀前田家の振興策によって陶磁器や漆器など多彩な工芸文化が花開き、時代を超えて受け継がれた。今も例年、秋を中心に工芸をテーマにしたイベントが各地で開かれる。

10~11月には工芸の祭典「21世紀鷹峯フォーラム」の第3回が石川県で開かれる。ジャンル横断型のイベントで、美術館や教育機関が連携してオール石川の工芸を全国に発信する。

(金沢支局 小野嘉伸)

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