東大と福島高専、原子レベルで制御可能な結晶成長法を駆使し単元素トポロジカル・ディラック半金属を作製することに成功
発表日:2021年10月15日
世界最高品質の単元素トポロジカル・ディラック半金属を実現
~新しいトポロジカル電子材料と量子デバイス技術のプラットフォーム形成に道~
1.発表者
レ デゥック アイン(Le Duc Anh)(東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構 助教)
高瀬 健吾(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 修士2年(研究当時))
千葉 貴裕(福島工業高等専門学校 講師)
小田 洋平(福島工業高等専門学校 准教授)
瀧口 耕介(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 博士3年)
田中 雅明(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授/附属スピントロニクス学術連携研究教育センター センター長)
2.発表のポイント
◆原子レベルで制御可能な結晶成長法を駆使し、世界最高品質の単結晶ダイヤモンド型結晶構造をもつα-スズ(α-Sn)薄膜をIII-V族半導体(注1)上に作製することに成功しました。
◆量子輸送測定と解析により、α-Snがトポロジカル・ディラック半金属(注2)であること、膜厚を薄くすると2次元トポロジカル絶縁体(注3)および通常の絶縁体になるなど、多様なトポロジカル相を持つことを示しました。
◆α-Sn薄膜は、材料物性の良い制御性、主要な半導体との整合性、環境にやさしい単元素構造から、トポロジカル物性機能の開拓と将来の量子情報デバイスのための新しいプラットフォームとして大きく期待されます。
3.発表概要
東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構のレ デゥック アイン(Le Duc Anh)助教、電気系工学専攻の高瀬健吾氏(研究当時修士2年)、瀧口耕介氏(博士3年)、田中雅明教授のグループは、福島工業高等専門学校の千葉貴裕講師、小田洋平准教授との共同研究で、世界最高品質のα-スズ(α-Sn)薄膜をIII-V族半導体インジウムアンチモン(InSb)基板(001)上に結晶成長(エピタキシャル成長)させることに成功し、α-Sn薄膜の様々なトポロジカル物性を初めて明らかにしました。Snはケイ素(Si)、ゲルマニウム(Ge)と並んで、IV族元素の一つですが、SiやGeと同じダイヤモンド型結晶構造を持つα相(α-Sn)の場合には禁制帯幅(注4)がゼロであり、強いスピン軌道相互作用(注5)を持つことにより伝導帯と価電子帯が反転する特異なバンド構造(注6)を持つなど、様々な興味深い物性を有しています。このα-Sn薄膜に歪みを加えると、面内格子定数が引っ張られる場合(伸張歪)にはトポロジカル絶縁体となりますが、逆に縮められる場合(圧縮歪)にはトポロジカル・ディラック半金属となることが理論上知られています(図1a)。特にトポロジカル・ディラック半金属は、他の様々なトポロジカル相に転移できる親の相(parent phase)として重要な材料ですが、これまで実験で確認された例が非常に少なく、Na3BiとCd3As2しかありません。α-Snは単純な単元素構造でありながら外部制御により様々なトポロジカル物質になりうるため、トポロジカル物性の探索や量子情報デバイスへの応用に適しており非常に有望な材料です。しかし、これまでの研究では品質の良いα-Sn薄膜の作製がきわめて困難であったため、理論的に予測・期待された性能が実現されておらず、実際の物性や機能は不明なままでした。
研究グループは、最先端の分子線エピタキシー法(注7)を用いて様々な膜厚のα-Sn薄膜を成長させ、完璧なダイヤモンド型単結晶構造と界面の原子層レベルまでの平坦さをもつ最高品質のα-Sn薄膜を作製することに初めて成功しました。その結果、磁場をかけたときの電気伝導度の振動(シュブニコフ・ド・ハース振動)(注8)を様々な温度で明瞭に観測しました。この実験結果を解析することによりα-Snのフェルミ面が横断するバルクと表面バンドの有効質量(注9)、量子移動度(注10)、ベリー位相シフト(注11)など、様々な重要なバンド構造の情報を初めて実測しました。研究グループが作製したα-Snの量子移動度は、30,000cm2/Vs程度であり、先行研究に比べて10倍も高い値であることが分かりました。また、α-Snのバルクバンドと表面バンド両方に特徴的な線形なバンド分散を持つディラック電子(注12)が存在することが判明しました。この結果から、InSb(001)上で成長したα-Snが数少ないトポロジカル・ディラック半金属であることを、世界で初めて量子輸送測定を用いて実証したことになります。さらに、α-Sn試料の膜厚を薄くしていくと、電子状態の量子閉じ込め効果(注13)によりα-Snがトポロジカル・ディラック半金属から2次元トポロジカル絶縁体、そして通常の絶縁体に相転移することも明らかにしました。
本研究により、α-Snは単純なダイヤモンド型結晶構造、主要な半導体との良い整合性を持ち、かつ環境にやさしい単元素材料であり、将来のトポロジカル物性と新機能量子デバイス開発のための有望なプラットフォームとして大きく期待される材料であるといえます。
※以下は添付リリースを参照
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添付リリース
https://release.nikkei.co.jp/attach/619649/01_202110151449.pdf