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炎自在に 切れ味生む 水野鍛錬所の刃物作り(未来への百景)

堺市

オレンジ色に焼けた鉄が、あたりにむせ返るような熱を放つ。目で具合を確かめた後、台の上に鉄を置き、ハンマーを振り下ろす。カン、カン、カン。甲高い音とともに熱い火花が飛び散った。

かつて大阪と和歌山を結ぶ主要道だった旧紀州街道沿いに水野鍛錬所(堺市)はある。5代目の水野淳さん(38)は「昔ながらのふいごで炉の温度を調節して刃物を作る職人は今では珍しい」と話す。

店内には「住吉大社御用鍛冶」「法隆寺国宝保存工事」などと墨で記した木札がかかる。研ぎ上げられて輝きを放つ大型の出刃包丁から果物用ナイフ、はさみまで並び、客が手にとることもできる。

水野さんの朝は「火造り」に始まる。店舗奥の工房で炉の火を起こす。日本刀を作るなら、高価だがリンなど不純物の少ない松の炭を燃料に使う。包丁なら石炭を蒸し焼きにしたコークスだ。炉内はセ氏900度近い。これからの季節は汗が止まらない。

片刃の包丁の場合、板状の鉄の上に炭素分の多い鋼(はがね)を置き、炉で熱してからハンマーでたたく。鋼は薄く伸び、鉄の表面にくっつく。形を整え、灰の中で寝かせて徐々に温度を下げる。

数日したら焼き入れだ。表面に泥を塗り、部分的に高温になって焼きむらが起きるのを防ぐ。ふいごで炉に風を送り、炎の色や音、においに五感を研ぎ澄ませる。800度弱に安定させなければ「焼きが回りなまくら包丁になる」。一度水につけ、再び200度前後に加熱し焼き戻すと、硬さに弾力性が加わる。

「たくさんの工程を一通りこなせるまでに最低5年はかかる」と水野さん。修業を始めたころは火の温度を見極めるのに苦労し、「何十本も駄目にした」と振り返る。

堺の刃物の歴史は500年以上続く。ポルトガルから伝来したタバコの葉を刻む包丁の生産で礎を築き、日本刀や鉄砲の製作で他の追随を許さぬ技術を確立。江戸幕府の専売品として全国に流通した。「今もプロの和食調理人の約9割が堺の包丁を選ぶ」(堺市観光部)。刃渡りが半分になるまで使い込む板前も少なくないという。

切れ味の良さに引かれ、海外から訪れる観光客や料理人が増えている。インターネット販売への問い合わせもうなぎ登りという。和食が無形文化遺産に登録された今、堺の和包丁を世界に普及させるのが水野さんらの願いだ。

文 小島基秀

写真 伊藤航

<取材手帳から> 1本の包丁は鍛冶、研磨、柄付けの3段階を経て完成する。堺では段階別に専門の職人が分業し、最高の製品を目指して互いに切磋琢磨(せっさたくま)している。作り手の甘えや妥協を許さない仕組みが、堺刃物の揺るぎない品質を支えている。
 ただ、近年はいずれの職人も高齢化が進み、後継者不足が大きな課題となっている。刃物関連企業約80社などが加盟する堺刃物商工業協同組合連合会(堺市)は10月、未来の刃物職人を養成するための道場を無料で開く。刃物作りの基礎や実技を専門家が指導し、1年後に独立できるよう後押しする考えだ。

<カメラマン余話> 昔ながらの道具が並ぶ工房は、静かで神聖な雰囲気。白い装束姿の職人が立つと、黒ずんだ空間に緊張感が漂う。焼けた鉄を炉から取り出した瞬間、モノクロームの世界に色が加わった。露出を暗めに設定し、オレンジ色を印象的に切り取った。

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