新発想の八ツ橋、地元客もつかむ(次代の創造手)
聖護院八ッ橋総本店専務 鈴鹿可奈子さん(32)

2015/7/2 6:00
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■「本質守り、時代に合うおいしさを」 老舗の重圧、今は支えに

八ツ橋といえば京都を代表するお菓子の一つだ。創業300年を超す老舗、聖護院八ッ橋総本店(京都市)の専務、鈴鹿可奈子は新しいコンセプトの店を拠点に、季節感や独創性豊かな八ツ橋を送り出している。伝統は守りつつ「お土産の定番」というイメージにとらわれない商品で、新たなファンをつかんでいる。

◎  ◎

鈴鹿が運営する「nikiniki(ニキニキ)」は京都随一の繁華街、四条通にある。ショーケースには色とりどりの生八ツ橋。ハート形の商品や、祇園祭の山鉾(やまほこ)をかたどった、食べるのがもったいないような商品もある。

新しい味やデザインの八ツ橋を手がける鈴鹿可奈子さん(京都市下京区)

新しい味やデザインの八ツ橋を手がける鈴鹿可奈子さん(京都市下京区)

京都土産として誰もが知る八ツ橋だが、鈴鹿は「おいしさを一人でも多くの人に伝えたい」と真剣だ。店内では客が好みの色の生八ツ橋とあんを選び、自由に組み合わせることもできる。観光客だけでなく地元の人もぶらりと訪れる。2011年の開業以来、客足が絶えることはない。

1689年創業の老舗の一人娘として生まれ、生八ツ橋が「離乳食だった」。小学生の頃から友人に八ツ橋を配っておいしさを伝え回った。中学生の時には大好きな八ツ橋を仕事にしたいと決めていた。

京都大学を卒業後、調査会社を経て06年に聖護院八ッ橋に入社する。外の世界を経験した目には違和感を覚える点もあった。例えば包装。「常に同じでいいのだろうか」と、中身は定番のまま、季節で包装が変わる商品を考案した。

「ウチは包装紙屋になったのか」。社内からは反発もあったが、ある女性客は「中身が一緒だから安心して買える。季節の楽しみも増えた」と喜んだ。本質が変わらなければ信頼は揺らがない、と意を強くした。

それでも鈴鹿には危機感があった。学生時代、京都の友人に八ツ橋を勧めると「めったに食べない」と言われた。古くから親しまれた菓子なのに、土産物として定着する中で、地元の人には遠い存在となりつつあった。口にしてもらえばおいしさは分かる。きっかけをどう作るか。たどり着いた答えがニキニキだった。

地元客の日常使いを意識したため、店には消費期限が当日の商品もある。ただ原料は米粉と、独特の風味に欠かせないニッキ(肉桂)で通常の生八ツ橋と変わらない。「本質は崩さない。そうでなければ1年も続かなかった」。最近は出勤途中の男性会社員が立ち寄ることも。結婚式の引き出物に選ぶ若者が増えるなど、新たなファンの獲得にもつながっている。

◎  ◎

一方で鈴鹿は「この店も一つの入り口でしかない」と言い切る。八ツ橋の消費量は和菓子の中でも安定しているというが、土産物の選択肢が増え続ける中で楽観視はできない。

購入する年齢層も年々上がり、若者の開拓が重要になっている。「必需品でないお菓子はおいしくなければ存在できない」と、消費者のニーズに合った新たな商品開発の指揮を執る。

入社当初は300年超の歴史を重圧に感じていたが「今では助けられている」と笑う。挑戦ができるのも先人が歴史や信用を残してくれたから。「本質を守りつつ、時代に合ったおいしさを届けていきたい」。積み重ねてきた八ツ橋の歴史に、新たな1枚を加えようと挑み続ける。=敬称略

(京都支社 古川慶一)

<ばっくぼーん>留学で芽生えた京都愛
 大学3年生の後期課程から米カリフォルニア州の大学に約1年間留学しました。経営に必要な経営学と語学を学ぶためでした。
 世界中から集まった留学生は母国や出身地に深い愛着を抱いていました。私はそれまで京都について深く考えたことはありませんでした。留学は故郷の歴史文化に関心を抱くきっかけになりました。
 最近は京都の老舗に関するセミナーで講演しています。2019年に京都市で開く国際会議「世界博物館大会」の誘致活動にも参加しました。父の教えは「企業があるのは地域に支えられ、存続を許してくれたから」。京都への愛着は強まるばかりです。

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