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賛否分かれる集落保存 古い町の新たな試み(3)

軌跡

今井町は町全体に江戸時代のたたずまいが残る、貴重な地域だ。しかし、町並みの保存で地域の足並みがそろうまでには、長い年月が必要だった。

財力を背景に今井町に自治権があった時代もある

今井の存在が専門家の間で知られるようになったのは、1956年から57年にかけて東京大学が行った調査がきっかけだ。今井には江戸時代から戦前にかけての民家が他に類を見ないほど密集していたことが分かり、しかも今井は称念寺を中心とした中世の寺内町の姿を残していた。

中世の今井は周囲を堀で囲んだ環濠(かんごう)集落で、敵の来襲に備えた工夫が凝らされている。堀は織田信長と対峙した際に埋め立てられ、現在は一部が復元されているだけだ。しかし意図的に鍵状に曲げ、侵入した敵を惑わせる道は往時をしのばせる。

71年、当時の称念寺住職が中心となり「今井町を保存する会」を発足。74年には妻籠(長野県南木曽町)、有松(名古屋市)の団体とともに町並み保存連盟を設立し、全国で町並み保存運動が活発になるきっかけをつくった。

75年には国もこうした動きを受けて、重要伝統的建造物群保存地区制度(重伝建)を設け、個別の建物だけではなく、町並みの全体の保存に乗りだした。専門家らは当然、今井も重伝建第1号に選定されると考えていたが、当時は市の動きが鈍いうえ、住民の意見も賛否両論あり、今井が選定されたのは18年後の93年になってからだった。

「古い住宅の建て替えができなくなるなど懸念の声が多く出た」と若林稔・今井町町並み保存会会長は話す。91年になっても重伝建反対の署名が提出されるなど住民の意見は割れていたが、町内に審議会を設け住民の意見を市の政策に反映させることを条件に、反対派もようやく同意に傾く。

今井のたどった道は、個人の財産権も絡む町並み保存の難しさを表している。

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