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大型店とも切磋琢磨 商都・大阪の商店街(2)
軌跡

2016/6/1 6:00
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高度成長は商店街に隆盛をもたらすとともに強力なライバルも育んだ。スーパーや百貨店などの大型店だ。旧大規模小売店舗法(大店法)で規制の対象となる店舗数は、大阪府でスーパーの出店が加速する1970年代から、大店法が廃止される2000年までに1.8倍に増えた。もっとも商店街は対立だけでなく、共存の道も模索している。

松坂屋と高槻センター街商店街の共同ちらし

松坂屋と高槻センター街商店街の共同ちらし

「いつまでもいがみ合うていたらあかん。いかに共存共栄するかだ」。高槻センター街商店街振興組合(高槻市)の木ノ山雅章理事長は大型店との関係についてこう話す。同商店街は近接する松坂屋高槻店との共同ちらしを5年以上続ける。左側に松坂屋、右側に商店街のセールを掲載。年に1~2回、中元や歳暮シーズンなどに配る。

73年に制定された大店法は中小小売業の保護のため、開店日や店舗面積、営業時間などを規制した。京都市など他の地域では地元商業者との調整が長引き、開店まで10年以上かかる事例もあったが、「大阪ではそんな激しい抵抗があったとは聞かない」(大阪府商店街振興組合連合会)。

むしろ関係は近い。例えば大丸は心斎橋筋(大阪市)の呉服屋から発展した。もともと商店街の仲間だ。ダイエー発祥の地である千林商店街(同)は、スーパーとの競争によって「日本一安い商店街」として名をはせ、遠方から客を集めた。「競争しながら互いに切磋琢磨(せっさたくま)する」(石原武政・流通科学大学特別教授)関係だ。

その後、大型店は出店場所を市街地から郊外に移し、局面が変わる。ショッピングセンターなどの出店攻勢は「商店街の衰退を加速」(石原特別教授)させ、食料品など最寄り品が中心の小さな商店街は多くがシャッター街化した。比較的規模の大きい駒川商店街(大阪市)でも「周りに歩いて行けるスーパーが10店くらいあり、囲い込まれているよう」(同商店街振興組合の名和安将理事長)という状況だ。

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