2019年1月20日(日)

神戸・長田 住民と盛り上げ 三ツ星ベルト会長 西河紀男さん(私のかんさい)
地域の魅力 町工場が育む

2017/1/12 6:00
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■神戸市長田区に拠点を置く工業用ベルト大手、三ツ星ベルト。会長の西河紀男さん(80)は阪神大震災(1995年)の後、地域とともにまちづくりや防災に取り組んできた。

 にしかわ・のりお 1936年神戸市生まれ。灘中学・高校を経て58年甲南大経卒、阪神内燃機工業入社。90年三ツ星ベルトへ。95年社長。2007年から現職。03年度、社会貢献に取り組む経営者を顕彰する「渋沢栄一賞」を受賞した。

にしかわ・のりお 1936年神戸市生まれ。灘中学・高校を経て58年甲南大経卒、阪神内燃機工業入社。90年三ツ星ベルトへ。95年社長。2007年から現職。03年度、社会貢献に取り組む経営者を顕彰する「渋沢栄一賞」を受賞した。

住民からの強い要望があり、92年に神戸ハーバーランド(同市中央区)に移していた本社を2000年、創業の地・長田区の真野地区に戻した。震災後、地域から若い世代や子どもの姿が減る中、当社も「一住民」として町の活性化につながればと決断した。

小学校入学を祝う会や七夕祭り、クリスマス会を催し、住民との交流に努めている。町には色々な方がいるが、組織的に動く経験は足りない。そこをボランティアで黒子として支える。

まちづくりへの参加は企業にも意味がある。メーカーの本社機能は本来、工場のそばにあるべきだ。様々な部門の従業員が催しに参加すれば、縦割りを排し社内交流も生まれる。

■神戸だけでなく関西からものづくりのノウハウが失われ、空洞化につながりかねないと懸念する。

戦後の経済発展は大企業の力だけでできたのではない。下請けの町工場が「こうすれば安くできる」「こんな考え方はどうか」と懸命に取り組んだおかげだ。そこには図面にも描けない貴重なノウハウがあった。

長田は神戸を象徴するものづくりの町。「日本の原点」といえる。震災の頃まではこうした町工場が多く残っていた。蓄積が新しい技術開発につながり、子どもたちが大人になっても帰ってくる町を創りたい。そんな企業が増えれば、神戸は素晴らしい街になる。

それには製品を使う人の気持ちを理解し、心の中に入ることが必要だ。当社の製品は自動車の伝動ベルトといった部品。直接、消費者の声が届かない。一緒にまちづくりに取り組めばそれができると信じている。

■阪神大震災では真野地区の工場が被災。復旧を陣頭指揮した。

防災訓練で放水を体験(1996年1月)

防災訓練で放水を体験(1996年1月)

長田区は火災で大きな被害を受けたが、真野地区では当社の消防隊と住民が協力して延焼をくい止めた。会社の体育館を避難所として開放。約450人が避難生活を送った。

当初、兵庫県芦屋市の自宅から2~3時間かけ、自転車で本社や工場に通った。自動車メーカーへの供給を継続するため8日後には操業を再開した。阪神内燃機に勤務していた頃から機械設備にかかわり、工場設備が頭に入っていたことが生きた。有事にどうすべきかは現場に入っていればわかる。トップの責務だ。

■戦中に疎開した愛媛県と、多感な時期を過ごした神戸での経験から「心の温かみがある社会」を理想に掲げる。

中学は新制の灘中に進み、須磨区から通った。大学では予科練から戻った人や、旧満州(中国東北部)からの引き揚げ者らがいて刺激になった。

部活動は中学から大学まで新聞部。自分の利益を優先するのではなく、日本を元通り復興させなければとの意識が強かったからかもしれない。食べるのが精いっぱいの時代だが、信頼し助け合う気持ちが地域にも社会にもあった。経済的に豊かでなくとも心の温かみがあり、それを大事にしたいと思い続けてきた。

東日本大震災から6年近く。災害への意識が薄れている。当社は毎月、防災訓練を実施し、住民も参加する。南海トラフ地震対策では当社の建物が津波避難ビルに指定されている。いざという時に住民どうしが支え合う場となる。

阪神大震災から22年の今月17日午前5時46分は、毎年実施している全従業員の安否確認訓練。自宅でその時を迎える予定だ。

(聞き手は大阪地方部 川上寿敏)

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