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「上方文化の町」ミナミ 再び 講演会・寄席…多彩に発信(ひと最前線)

大阪・ミナミの千日前にある小劇場「トリイホール」が上方芸能復興の拠点として期待を集めている。月1回の定期寄席は延べ250回を超え、毎回落語ファンでにぎわう。地元商店街の関係者らが開く「上方文化再生フォーラム」は10年目を迎え、落語家や歌舞伎俳優、歌劇団スターらが参集。賛同の輪が広がってきた。上方芸能とミナミとの深い関わりを伝え、文化の町再興を目指す。

「そもそも(父の)桂米朝が町の変貌ぶりを嘆いたのがきっかけ」。7月19日、トリイホールで開かれたフォーラムに登壇した落語家の桂米団治(57)が煎茶の一茶庵(いっさあん)宗家、佃一輝(63)にそう明かした。

フォーラムが発足したのは2007年度。当時、江戸前期から「道頓堀五座」と称された5つの劇場は既に閉館。映画館もミナミの町から姿を消しつつあった。まだ高座に上り、健在だった米朝は「これは心のよりどころとして、芸能の神様をまつらんとあかんのと違うか」と嘆息した。

現在、トリイホールを運営し、ホールが入る「上方ビル」オーナーでもある鳥居学(56)らも、ミナミで文化施設が減る状況に強い危機感を抱いていた。06年、鳥居は地元の商店街関係者や知己の芸能人と話し合って上方ビル前に"芸能の神様"として「南乃福寿弁才天」を建立。さらに上方文化への関心を高めるために伝統を伝える連続講座を企画する。それがフォーラムの出発点だった。

地元商店街関係者らがフォーラムの実行委員会を務め、07年11月に第1回を開催。その後も年6回ほど、トリイホールに上方歌舞伎や文楽の演者らを招いて一般向けの講演会を開催してきた。

米団治と佃は講演会登壇者の常連。08年度から「浪花の食文化探訪」と銘打ち、コンビで登壇している。2人は芝居茶屋の食文化や懐石、クジラ料理などについて豊富なうんちくを披露し、来場者をうならせる。

実は米団治と鳥居は先代からの長い付き合い。1991年に上方ビルが建つ以前、鳥居の父、鉄三郎は同地で旅館「上方」を経営していた。鉄三郎は「上方藤四郎」のペンネームで評論も手掛けたほどの芸能通。一方、米朝は旅館の前にあった道頓堀五座の一つ、角座に出演した時などに、旅館の部屋を楽屋代わりに使わせてもらい、随想などを執筆していたという。

鉄三郎が亡くなった後、91年に学が上方ビル4階に約100席のトリイホールを設けたのも、米朝が「若手落語家が研さんする場を」と望んだのがきっかけだった。そうした縁から、毎月1回、トリイホールで開かれる「TORII寄席」は、米団治が出演者などの企画を担ってきた。

講演会の登壇者にはほかにも、上方舞の山村流宗家の山村友五郎、OSK日本歌劇団のトップスター、高世麻央ら豪華な顔ぶれがそろう。歌舞伎俳優、文楽の技芸員(演者)、浪曲師らジャンルを超えて、上方芸能をもり立てようとする輪が広がる。鳥居らが先代から培った縁のたまものだ。

宗右衛門町商店街振興組合前理事長の岡本敏嗣(60)は実行委員会のメンバーの1人。岡本は和菓子の製造販売会社を経営し「上方芸能の演者や料亭などの経営者は演目選びや店の飾り付けなどで季節感を大事にしてきた。季節にちなむ和菓子が進物として好まれるのも、そうした土壌があればこそ」と強調する。伝統を伝えるため、佃の要請に応じて昔の和菓子を復元し、試食用に提供した。

トリイホールは収容約100人だが、フォーラムは毎回ほぼ満席になる。米団治は「昔あった中座の規模の劇場が再興されればと願っている。それには、100年くらいのスパンで物事を考えないと。私もお手伝いをしたい」と力を込める。僧籍を得て僧侶としても活動する鳥居、岡本らは息の長い取り組みを続け、ミナミが文化の装いを取り戻すことを願っている。=敬称略

(編集委員 小橋弘之)

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