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もっと関西 関西、スポーツで盛り上げ 陸上五輪メダリスト 朝原宣治さん(私のかんさい)
就職決め手 地元への愛着

2017/6/8 6:00
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■陸上男子100メートルや走り幅跳びで活躍し、2008年北京五輪400メートルリレーで日本の銅メダル獲得に貢献した朝原宣治さん(44)。一貫して関西とのつながりを保って競技生活を送ってきた。

 あさはら・のぶはる 1972年神戸市生まれ。陸上男子100メートルで日本記録を3度更新、自己最高は日本歴代3位の10秒02。走り幅跳び、400メートルリレーと併せて出た1996年アトランタから4大会連続で五輪に出場。2008年引退。

あさはら・のぶはる 1972年神戸市生まれ。陸上男子100メートルで日本記録を3度更新、自己最高は日本歴代3位の10秒02。走り幅跳び、400メートルリレーと併せて出た1996年アトランタから4大会連続で五輪に出場。2008年引退。

神戸市北区のベッドタウンである鈴蘭台で育った。山を削って造成された新興住宅地には若い家族が多く集まり、同世代の子どもがたくさんいた。山に秘密基地を作ったり、ダムで虫や魚を捕ったりと、遊ぶ環境には事欠かなかった。

陸上競技を始めたのは兵庫県立夢野台高校に入ってから。走り幅跳びと短距離に取り組んだ。幅跳びで全国高校総体を制したこともあって関東の大学に誘われたが、寮に入らないといけないと聞いて「嫌だな」と思った。関西に残って同志社大に進んだのは、一人暮らしをして学生生活をエンジョイするという最大の目的があったからだ。

海外志向が強く、大学卒業後は日本を出て練習することを考えていた。ある地方の企業がドイツで練習する道を用意し、内定まで出してくれた。一方で、同志社大の先輩で大阪ガスに勤めていた方が会社の上の人に「朝原を採れないか」と働きかけてくれていた。

海外に住むならどの会社に入っても同じはずだが、ふと「関西がいいな」と思って大阪ガスを選んだ。生活の基盤として関西というのは残しておきたいと。関西への愛着を初めて意識した時かもしれない。

■入社後は主にドイツと米国を拠点に活躍。最後の五輪と位置付けた2004年アテネ大会後も現役を続けた背景には、大阪での国際大会開催があった。

07年に大阪で世界選手権が開かれるのを知ったのが05年。「どうせなら大阪で活躍して終わろう」と思ったことが、選手寿命が延びた理由だった。世界選手権の成績がある程度良かった(100メートル1次予選で10秒14)ので、そこからは本能に任せて現役を続けた。

そうして迎えた北京五輪の400メートルリレーでアンカーを務め、38秒15で3位。この種目で日本初のメダルを獲得した。大阪での世界選手権がなければ北京の前にやめていたかもしれず、本当に人生は分からない。

「NOBY T&F CLUB」では熱心に子どもたちを指導する

「NOBY T&F CLUB」では熱心に子どもたちを指導する

■引退後はトップ選手の指導に携わる人が多い中、大阪ガスに一般向けの陸上クラブ「NOBY T&F CLUB」を設立し、子どもから大人まで広く指導。競技の枠を超えた活動にも力を入れる。

トップアスリートの強さをたどれば、中学や高校で先生に受けた指導がある。もっと遡ると、幼少期にどう体を動かしたかというのが大事。そこは無視できないと思い、子どもの指導をすることにした。

サッカーのヴィッセル神戸など様々なスポーツ団体からなる「アスレチック・リエゾン・西宮」という組織の会長も務めていて、兵庫県西宮市の教員向け講習会などを実施している。関西は話せば通じ合う人たちの集まりなので、関西の仲間としてみんなで地域を盛り上げたい思いがある。そういう輪が色々な分野で広がればいいとも思う。

地域に根ざした活動は楽しい。最近では一般社団法人「日本アスリート会議」の理事として、競技生活を終えた人の就農支援などで宮城や広島に行くが、実際に足を運んでみるとそれぞれの地域の良さが分かる。

「地方創生」と言われるように、各地域の力を日本全体で考えるとものすごい武器だと思う。アスリート支援や子どもの指導にしてもそれぞれの地域の特色を知りながら、その良さを楽しんで活動していきたい。

(聞き手は大阪・運動担当 合六謙二)

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