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選手を広告塔にしない アスリートを支える(1)

軌跡

「ほんま、ようやったな」。子供服「ミキハウス」の三起商行(大阪府八尾市)が9月5日に大阪市内で開いた社員の食事会。ミキハウス所属選手としてリオデジャネイロ五輪に出場し、カヌー競技でアジア人初のメダルとなる銅メダルを獲得した羽根田卓也の横で、社長の木村皓一は相好を崩して栄誉をたたえた。

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羽根田選手(左)のリオ五輪での健闘をたたえる三起商行の木村社長(9月)

羽根田は2006年に18歳で単身、強豪国のスロバキアに渡って腕を磨き、08年北京五輪で14位、12年ロンドン五輪では7位入賞を果たした。ただしスポンサーに恵まれず、カヌー選手だった父の支援を頼りに競技を続けてきた。

いよいよ資金不足に困った羽根田はロンドン後、支援を求める手紙を10社程度の企業に出した。唯一、面接までこぎ着けたのが三起商行。必死のアピールのかいあって、晴れて13年4月に所属選手となった羽根田は「本当に感謝している」。リオでの快挙の土台に同社の支援があったのは言うまでもない。

1989年に柔道から始まった同社のスポーツ支援は空手にアーチェリーとマイナー競技にも広がり、現在の所属選手は13競技の33人。競技数を絞って活動資金を出す企業は多々あっても、これほど手広く支援するのは珍しい。木村は「応援したってえな、と来るから『いいよ』と」。羽根田についても「日本を出て向こうで頑張ってんねやから。どっかが支援せな」。

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選手を広告塔にしないことでも異色の存在だ。「これは広告になれへん、とか言うてたら支援する競技は限られる。本当に頑張っている人を応援しようよ、というのが根底にある」

商売に利用しない姿勢がアスリートの心に響き、今では年に約300人もの選手が支援を求めて売り込んでくる。人柄と支援額、五輪出場の可能性という基準をクリアし、契約した中から延べ57人が五輪に出場。柔道・野村忠宏の金メダル2つなど計20個のメダルを獲得した。

困っていると聞けば手をさしのべずにいられない。見返りを求めない応援団長を頼って、きょうもどこかで不遇のアスリートが手紙を書いているかもしれない。(敬称略)

大阪・運動担当 合六謙二が担当します。

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