2019年2月19日(火)

初舞台から31年 進化の時 大蔵流狂言師 茂山良暢さん
五世忠三郎を今夏に襲名 思い出し笑いしてもらえる舞台を

2017/1/8 6:00
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京都を拠点に活動する大蔵流狂言師の茂山良暢(よしのぶ)(34)が8月、江戸時代から続く同家の当主名を五世茂山忠三郎として襲名し、披露公演を開く。当日は父の四世忠三郎の七回忌で、自らの35歳の誕生日にも当たる。「初舞台を踏んでから31年。襲名を機に一層精進します」と新春に飛躍を誓う。

8月20日に京都観世会館(京都市左京区)で開く襲名披露の演目は、能楽の中でも別格扱いの祝言曲「翁(おきな)」や狂言「千切木(ちぎりき)」など。「翁」では五穀豊穣(ほうじょう)をことほぐ三番三(さんばそう)役で出演。登場人物の多い「千切木」は一門の狂言師と舞台に立ち、気の強い妻に叱咤(しった)されて連歌の仲間に仕返しに行く夫役を勤める。

三番三は父の四世が度々勤め、自身は16歳で初演した後も30回以上担ってきた役。農事にかかわる地固めや種まきを思わせる所作があり、力強く踏む足拍子や荘重な舞が見どころだ。

忠三郎家は代々「観客の心に残り、思い出し笑いをしてもらえる舞台」を信条とする。とりわけ、セリフや所作のほどよい間の取り方を重視し「最近になってようやく、父の取っていた間はこうだったかなと思えるようになった」と話す。

その手応えが今年、襲名を決意する後押しとなった。「実は10年ほど前、健在だった父から襲名を打診されていた。『まだ、その力量はありません』と辞退したが、父の期待に添えなかったことに、忸怩(じくじ)たる思いがあった」と振り返る。

四世は名曲「木六駄(きろくだ)」などで定評があり、舞台に立つと実際より大きく見える狂言師だった。重い曲「花子」などを含め、現行の演目約180曲のうち3分の2ほどは四世に稽古を付けてもらったという。だが、四世が2011年に83歳で亡くなり、29歳で同家当主の立場になった。

その後5年半、狂言の大蔵流宗家、同じ京都で活動する当代の茂山千作、阪神間を拠点にする善竹忠一郎らから教えを受けてきた。能・狂言界は一人の師匠につくのが習わし。「それができなくなったので、ならば逆に『この曲はこの先生に』と各家に教わろうと考えた。父も20代で祖父を亡くし、いろいろな方に教えを受けたはず」と話す。

根底には、幼い頃から薫陶を受けた家の芸のベースは揺るがないとの自負がある。また、四世の得意な曲を上演し、芸域に一歩でも近づこうと励んできた。

その曲の一つが「寝音(ねおん)曲(ぎょく)」。主人に謡(うたい)を所望された太郎冠者(かじゃ)が、酒を飲んで妻に膝枕をしてもらわねば声が出ないと嘘をつく。京都を修学旅行で訪れる小中学生向けに依頼を受けた時など、最近は年間150回ほど演じているという。

今後は家の芸を土台にしながらも、五世忠三郎の色を醸し出していくことを目指す。昨年、4都市で催した忠三郎家主宰の狂言会で秘曲「狸腹鼓(たぬきのはらつづみ)」に挑んだのも意気込みの現れだ。四世は演じておらず、他家に教えを請いながら、同曲ならではの面と装束を新調したほど。

長男の良倫(よしみち)にも来年には、初舞台を踏ませる考えで、稽古に時間を割くつもりだ。「人に教える中で、自身が気付くこともある。息子と真剣に向き合い、自分の芸も進化させたい」

四世は晩年、先代の茂山千作・千之丞兄弟とも阿吽(あうん)の呼吸の舞台を披露し、評判をとった。先代千作の孫に当たる千五郎・茂兄弟とも、楽屋などで一緒になった際には「『黄金トリオ』と言われた3人のような舞台を見せたい」と話し合っている。

襲名披露には茂山千作・千五郎親子のほか、和泉流狂言師の野村萬斎、野村又三郎ら、東京や名古屋を拠点にする各流派の狂言師が出演し、にぎやかな舞台になりそうだ。

(編集委員 小橋弘之)

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