双子の社 源流浮かぶ 円成寺の「春日堂」「白山堂」(時の回廊)
奈良市

2016/6/3 6:00
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奈良市街から東へ、山あいを縫って柳生(やぎゅう)の里へと至る街道沿いに古刹、円成寺(えんじょうじ)がある。緑に包まれた境内には高さ2メートルほどの同寸同形、双子のような小さな社が並び立つ。鎮守社の「春日堂」「白山堂」だ。鎌倉時代初期の建造とみられる。神社の建築様式の一つ「春日造(つくり)」では現存最古級とされ、国宝に指定されている。

現存最古級の「春日造」とされる春日堂と白山堂は国宝に指定されている

現存最古級の「春日造」とされる春日堂と白山堂は国宝に指定されている

■春日大社と縁

春日造は奈良時代に登場し、関西に数多い。「神明(しんめい)造(伊勢神宮)」など日本古来の建築はもともと柱の根元を土中に埋めて建てたのに対し、土台の上に柱が乗る。庇(ひさし)(向拝(こうはい))が付くなど屋根の形も複雑化している。代表例は約6キロ西にある国宝、春日大社本殿だ。

この寺には他にも春日造がある。本堂(室町時代、国重要文化財)は春日造の左右に庇を付けた格好。鎮守社、宇賀神本殿(鎌倉時代、同)も春日造だ。

円成寺と春日大社の縁は深い。「旧本尊、十一面観音は春日神の作と伝わる。この一帯は春日の神領との意識が今も地元では根強く、私も『大社から寺をお預かりしている』という感覚」と田畑祐弘住職は話す。

春日堂・白山堂は春日大社から移築したといわれる。1228年、春日大社の造替(ぞうたい)の際に宮司の藤原時定が旧社殿を拝領し、寺に寄進したという。

笠置寺に移される春日大社摂社の本宮神社旧社殿(5月23日、奈良市)

笠置寺に移される春日大社摂社の本宮神社旧社殿(5月23日、奈良市)

春日大社本殿の式年造替は20年に1度。まさに今年がその年だ。以前は同じ場所で建て替えたが、明治時代以降は大修理にとどめている。装いを新たにした社殿に11月、春日神が仮住まい先から遷座する予定だ。

かつて建て替え後に役目を終えた春日大社の古い本殿や摂末社の社殿は盛んに移築され、「春日移し」と呼ばれた。1197年に摂社の一つ、紀伊神社の社殿を移したのが最古の記録で、奈良、京都、大阪に約150社が現存する。「昔はいったん社家に下げ渡し、社家から他の社寺へ有償で譲られた。一種のボーナスだった」と春日大社の中野和正・権禰宜(ごんねぎ)は説明する。

■古い様式残す

一方「春日堂・白山堂は『春日移し』ではない」との説もある。春日大社本殿と規模が倍ほども違い、細部も異なるためだ。中野さんは「春日大社本殿に現在は無いが、古い絵図には描かれている向拝の蟇叉(かえるまた)など、古い様式を春日堂・白山堂は残している。移築時に部材を切り詰めて小型化した可能性もあり、移築説は否定しきれない」とにらむ。

この「春日移し」、明治時代以降は途絶えていたが20年前、前回の式年造替で復活。摂社の一つ、本宮神社の古い社を大阪の神社に移築した。今回も本宮神社を造り替え、旧社殿を京都府の笠置寺に譲った。

先月23日、春日大社で行われた移築の儀式では、土台から丸ごと外した旧社殿を神輿(みこし)のように担ぎ、トラックに積んだ。かつての春日移しでも社を丸ごと担ぎ、数日かけて移したという。円成寺の春日堂・白山堂もそうだったのだろうか。2つの社が街道をゆらゆら進む情景が頭に浮かんだ。

文 大阪・文化担当 竹内義治

写真 尾城徹雄

《交通・見どころ》 円成寺へはJR・近鉄奈良駅から柳生方面行きのバスに乗り「忍辱山(にんにくせん)」下車、徒歩約2分。見どころは多く、楼門(国重要文化財)の前に広がる浄土式庭園は国名勝。本尊の阿弥陀如来坐像は国重文。多宝塔に座す大日如来坐像は運慶の初期の作として名高く、国宝。

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