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銀座のママも応援団 「飲んでみなはれ」(2)
軌跡

2016/10/5 6:00
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ビール業界は大手3社の特約店制度が強固だった。サントリーの入り込む余地はなかったが、朝日麦酒(現アサヒビール)の山本為三郎社長が取扱銘柄の1つとしてサントリービールを加えてくれた。サントリー創業者の鳥井信治郎氏と古くから親交があり、一肌脱いだのである。

ビール参入3年目の決起集会(前列中央が佐治敬三氏)=サントリー提供

ビール参入3年目の決起集会(前列中央が佐治敬三氏)=サントリー提供

1963年4月27日に発売した東京地区でのスタートダッシュは好調だった。だが連休前で想定したよりも多めの注文が入って品切れになり、追加注文に応じられなかった。「ウイスキーくさい」「水っぽい」というネガティブキャンペーンが追い打ちをかけた。苦難の歴史が始まった。

だが応援団も現れた。居酒屋の「庄や」が最初にサントリービール専売に切り替えてくれた。これを契機に他の飲食店も続いた。

経済界の重鎮が集う銀座6丁目のバー「らどんな」の瀬尾春ママはサントリーのチャレンジ精神にほれた。「銀座らどんな物語」(大下英治著)によると店のビールをすべてサントリーに切り替え、首都圏でビールのキャンペーンがあると必ずホステス2、3人を連れて応援に行き、集客に協力したという。

最前線はめげなかった。中途採用で62年、サントリーに入社した西重進元常務は、工場のお膝元である三多摩地区(北多摩・西多摩・南多摩)を「地元のビールです」と言って売り歩いた。税務署の統計データからビールの扱いが多い店を割り出して日参。68年には全国に先駆けてシェア10%を達成した。

中央自動車道を挟んで工場と向かい側の東京競馬場(東京都府中市)に生ビールの売り込みをかけ、週末は無給で売り子も務めた。ついでに買った馬券が当たった。ビギナーズラックだ。競馬ファンになった西重氏は現在も馬券を買い、日本中央競馬会に"恩返し"を続けている。

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