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奇岩の霊験 女心魅了 石山寺の如意輪観世音菩薩(時の回廊)

大津市

平安時代の随筆「枕草子」197段は「寺は」で始まる。壺坂、笠置、法輪、霊山といった名に続いて「石山」が出てくる。大津市の景勝地にある石山寺だ。

蓮華台を挟んで天然の硅灰石に座る本尊「如意輪観世音菩薩」。檜の寄木造りで平安時代後期の作とされる

「石山」の由来は、奇岩が不思議な趣であちこちに露出する小高い一帯に伽藍(がらん)が築かれているためだ。奇岩の正体は硅灰石(けいかいせき)。石灰岩がマグマに触れて変容したものだ。

硅灰石上に鎮座

それ以上に興味を引くのは、安置された本尊仏像の居場所。ごつごつした硅灰石の上に、像高約4.8メートルの如意輪観世音菩薩(ぼさつ、重要文化財)が座している。「石の上に仏。だから石山寺」と納得する。33年に一度開扉される秘仏で、今年はその由来を目で確かめることのできる貴重な機会だ。

"座布団"がわりに蓮華(れんげ)台を挟んでいるから直接ではないものの、仏像が天然石に着座している取り合わせは、なぜか奇妙な像となって見入る人の心をつかむ。古い時代の人はそこに霊験を求めたのかもしれない。平安時代に観音信仰が盛んになると、ここは西国三十三所の一つとして参詣者を集めるようになる。

「神霊のよりしろとしての岩に、観音さまが現れたという神仏習合のかたちとも見られる」と石山寺の鷲尾遍隆座主は説明する。

冒頭の枕草子では5つの寺に続き、粉河(こかわ)、志賀が加わる。なぜこの7カ寺なのか、霊山の名の由来に言及があるものの、他はコメントさえもない。それでもわざわざ言挙げするくらいだから、作者の清少納言は石山寺など7カ寺に何らかの愛着を感じていたはずだ。

清少納言だけではない。藤原道綱の母もこの石山寺に参籠した。夫の浮気に嫌気してとの経緯が「蜻蛉(かげろう)日記」に書かれている。「和泉式部日記」にも筆者が石山寺にこもったくだりがあり、やや時代が下がって菅原孝標の娘も「更級日記」で石山寺にお参りしたと記している。紫式部はこの寺で「源氏物語」を執筆したとの伝承もある。

こもりたい。観音の慈悲にすがり、苦しさから救われたい。そんな平安貴族の女性を石山寺が引き付けたのは「一つには僧兵が幅をきかせる有力寺院と違い、たおやかな印象でまさっていたからでは」と鷲尾座主はみる。「また女性の脚でも京都から舟を併せて1日あればたどり着けた距離」(同)という立地も人気の理由だったようだ。

唯一の勅封秘仏

国宝に指定されている懸造の本堂。斜面にせり出した舞台が特徴だ

本尊は日本で唯一の勅封秘仏。33年ごとのほか、天皇の即位がある年にも開扉される。開扉には宮内庁の職員が立ち会い、錠に掛けられたこよりを断ち切る。

寺の歴史は古く、正倉院文書(8世紀)にも言及があるという。東大寺の良弁(ろうべん)僧正が、この地で大仏造営に必要な金の産出を祈願した。やがて陸奥で金産出の知らせがあったため、霊験に報いるべく伽藍を整備して石山寺になった。

国宝の本堂は斜面にせり出した懸造(かけつくり)で、清水寺(京都市)や東大寺二月堂(奈良市)と同じ様式だ。ただこの外陣部分は17世紀の増築で、豊臣秀吉の側室、淀殿の寄進によるものという。本尊を安置する内陣は平安時代、1096年の築。

文 編集委員 岡松卓也

写真 大岡敦

 《交通・見学》JR石山駅から京阪バスで約10分、または京阪電車の石山坂本線石山寺駅から徒歩約10分。近江八景の一つ、瀬田唐橋を見下ろせる景勝地にあり、源頼朝が寄進したという多宝塔(国宝)や東大門(重要文化財)など、見どころが多い。起伏に富んだ境内は深山幽谷の趣もある。

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