民族学資料 共有化へ 民博40年で変わる
日本の文化人類学をけん引し、今年創立40年を迎えた国立民族学博物館(大阪府吹田市)。「みんぱく(民博)」の愛称で親しまれてきたが、近年は研究成果をアピールするため試みを重ねてきた。この機に研究機関としても、博物館としても、新しいあり方を示そうと新事業に乗りだした。

目玉の一つが今年度から着手した「フォーラム型情報ミュージアム」の構築だ。担当する岸上伸啓副館長は「国内外の研究機関が所有する文化資源の情報を共有、共同利用することをめざしたデータベースの集合体」と説明。
インターネットを通じ資料を閲覧できるデータベースは、近年多くの博物館や美術館で広がっている。しかしバーチャルな博物館ともいえる今回の構想は、国内外の研究者、博物館、民族集団が自由に接続し、正確な情報を随時追加するオープンなクラウド型を想定。最終的には広く一般に開かれたシステムを構築する。
その足がかりとして、今月6~17日、米ニューメキシコ州のアシウィ・アワン博物館/遺産センター(ズニ博物館)などから関係者を招き、民博でシンポジウムを開いた。民博が所有する「カチーナ(精霊や雨雲の化身の意)」と呼ばれる木彫人形を制作し、使っている米アリゾナ州北部の先住民ホピの人々4人を招き、再検証した。

民博は約280体のホピ製とされる木彫人形を所蔵。伊藤敦規助教によると「2週間の作業で、制作者がホピではない民族だったり、展示で使った解説文が間違っていたりすることが分かった」。今後もホピの資料について実物をじっくりと見て再検証する熟覧を続ける。さらに7年かけ台湾、アフリカ、アイヌ民族などの博物館とも連携し、構想を具体化していく。
将来はネット上であらゆる角度から資料を閲覧できるオブジェクトムービーを導入。実物に触れなくても、いつでも疑似的な熟覧ができる体制を目指す。
今回の取り組みの背景には、これまでの文化人類学研究に不備があった、という自省を込めた認識がある。実際に資料を制作したり、使ったりしている民族集団の主権を尊重し、しっかり耳を傾けると、「既存の情報には多くの誤解や不足があると気付く」(ズニ博物館のジム・イノート館長)。ホピ宗教指導者のジェロ・ロマベンティマ氏は「我々の知識を通して、民博をはじめ世界中のプロジェクト参加機関が情報や資料の管理を考え直してほしい」と話す。
創立40年を機に大きく変わろうとしている民博。2007年から始めた研究者が来館者に研究成果を語る「ウィークエンド・サロン」などが好評で、06年に約13万人にまで落ち込んだ年間来館者が、近年は20万人前後まで回復した。
現在は特別展「イメージの力」を開催中(12月9日まで)。所蔵品約600点を、時代や地域の区分を取り払い、神仏をかたどったモノ、高く見上げるモノといった新しい枠組みで展示し直した。須藤健一館長は「長い解説文も取り払った。先入観なく仮面や人形とにらめっこして何かを感じてほしい」と話す。
これまで研究機関が一方的に語ってきた解説にとらわれず、正確な価値を見つめ直す姿勢は、既存の文化人類学研究に一石を投じている。須藤館長は「文化人類学は民族のアイデンティティーの問題。自文化の価値を確認し、継承・発展する責務を果たしたい」と力を込める。
(大阪・文化担当 安芸悟)