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もっと関西 鮮麗の裏 一族への祈り 本法寺 等伯の仏涅槃図(時の回廊)

京都市

日蓮宗の本山の一つ、本法寺(京都市上京区)の涅槃(ねはん)会館で13日、安土桃山時代の絵師、長谷川等伯の「仏涅槃図」(重要文化財)を一般公開するため壁に掛ける作業が行われた。同寺が普段、展示しているのはレプリカ。毎年3月14日から約1カ月間だけ真筆を目にすることができる。

開帳された仏涅槃図。毎年3月14日から約1カ月間だけ真筆を目にすることができる

この図は横臥(おうが)した釈迦(しゃか)を菩薩(ぼさつ)や仏弟子、動物が取り囲み、釈迦の入滅を悲しむ様子を描いている。これを等伯は1599年、61歳の時に手掛けた。

実物を目にすると制作から四百十余年を経てなお色鮮やかなのに驚く。さらに周囲に描かれた表装も含め縦約10メートル、横約6メートルという巨大さも実感させられる。

展示場所の涅槃会館からして30年ほど前、涅槃図のために建てられた建屋だ。同寺の瀬川日照貫首は「東京国立博物館平成館で展示(2003年)した際は天井高が足りず、図の下部をループ状に支える台を設けてもらった」と笑う。

子の七回忌に

 同図は等伯が自ら奉納した。日蓮宗を信仰した彼は33歳のころ、妻と子を伴って郷里の石川県七尾市を後にした。京都で寄宿先としたのが同寺の塔頭(たっちゅう)の一つだったことも、奉納先にした理由だろう。

裏面には当時の貫首、日通の筆で釈迦以降の日蓮宗の祖師や同寺の歴代の名が記されている。等伯の祖父母や父母、早世した息子・久蔵の名もある。奉納した年は久蔵の七回忌にあたり、瀬川貫首は「彼らの菩提を弔おうとしたのは明らか」と語る。

加えて絵師集団・長谷川派の隆盛を願う意味もあっただろう。同寺への奉納の前に、宮中で披露するという世間の耳目を大いに引く行動に出ているからだ。

本法寺では「等伯画説」(中)なども展示している

自身を「雪舟より五代」と称したのも同図を描いたころとされる。京都国立博物館の山本英男学芸部長は「後継者として育てていた久蔵の死は、絵師集団の行く末を考える上でも大変な痛手。だから雪舟の名を持ちだしたのでは」と見る。

緻密から大胆へ

 等伯の画力の進展をうかがう上でも興味深い画だという。そもそもは七尾で仏画師として出発した。等伯が30歳、久蔵が生まれた1568年に描いた「涅槃図」が石川県内の寺に残っている。この「涅槃図」と「仏涅槃図」とを見比べると、山本学芸部長は「七尾時代の等伯は緻密に描くのが特徴だった。京都に出た後、筆が大胆になった」と指摘する。

日本画史上の傑作とされる「松林図屏風」は、等伯が50代半ばに描いたとされる。等伯の芸術観を日通が記したという「等伯画説」(16世紀末、重要文化財)が本法寺に残され、理想的な絵画を「静かなる絵」と語っている。

この言葉は佗(わび)茶の大成者、千利休の美意識に通じるが、実際に利休は等伯にとって「大恩人」といえる存在だった。日本で高く評価される中国の画僧・牧谿(もっけい)の水墨画などを目にすることができたのも、利休との縁があってのことという。

利休の容貌をいまに伝える「千利休像」(重要文化財)は、等伯の筆による。利休の道統を継ぐ茶道の表千家と裏千家が等伯ゆかりの本法寺と通りを挟んで位置するのも、2人の親密さを物語るようで面白い。

文 編集委員 小橋弘之

写真 浦田晃之介

《交通》京都市営地下鉄・鞍馬口駅から徒歩約15分。
《特別展》「春季特別寺宝展」は4月15日まで。長谷川等伯の「仏涅槃図」や「等伯画説」、同寺を菩提寺にした本阿弥光悦の「花唐草螺鈿(らでん)経箱」(重要文化財)などを展示する。会期中に一部の展示品を入れ替える。拝観時間は午前10時から午後4時。拝観料は大人1000円。

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