観客が他人に「チケットおごります」 小劇場、学生ら新客層開拓
関西の小劇場で、観客が見ず知らずの人のチケット代を負担したり、観客が自由に料金を決めたりといった新たな料金システムが広がっている。小劇場は観客が劇団関係者や固定ファンらに限られがち。懐の厳しい学生や小劇場を見たことのない人でも観劇しやすくし、裾野を広げる。
「瓶に手紙を入れて海に流すイメージ。見知らぬ誰かのために小口の寄付を募る仕組みをつくろうと思った」。そう話すのは「○○の階」の名称で公演ごとに異なる演劇ユニットを主宰する久野那美だ。今年1月、ユニット「リサイクル缶の階」の公演で「ボトルチケット」と銘打った料金を導入した。

前売りチケットを買う際、自分の分に加えて1枚1000円のボトルチケットを購入してもらう。すると、公演当日に来た観客はボトルチケットの販売額に応じて、当日料金3500円から、1000~3000円が割り引かれる。
4日間の公演で26枚のボトルチケットを販売。26人の観客が各1000円の割引を受けられた。ボトルチケットを買った人は「面白い演目なので、他の人にも見てほしかった」といい、割引を受けた人からは「学生でお金が無いのでありがたい」との声が上がったという。2017年1月の次回公演でも続ける。
京都を拠点に活動する地点は13年7月、「カルチべートチケット」という購入者がほかの観客のチケット代を全額負担する仕組みを導入した。通常料金は毎回2000円で、カルチベートチケットも1枚2000円に設定。販売枚数に応じて1日当たり、先着5~10人の観客が無料で見られる。これまで年間100枚前後を販売してきた。
劇団代表の三浦基は「カルチべートチケットの恩恵が目当てで開場前から並ぶ人もいて、すぐになくなる」と話す。13年7月に開設したアトリエ兼劇場「アンダースロー」(京都市左京区)は京都大学や京都造形芸術大学、同志社大学などが近く、学生の利用者が目立つ。「演劇を見たことのない人が劇場に来るきっかけになればいい」と三浦。
参考にしたのは「保留コーヒー」と呼ばれるイタリアの商慣習。小銭の余った客が、コーヒー代を払えない見知らぬ市民のために代金を先払いして店に留め置く仕組みだ。三浦は「おごってくれたのが誰だか分からないので、気兼ねなく利用できるのがいい」と話す。
大阪を拠点に活動するがっかりアバターは今月20~23日のHEP HALL(大阪市北区)公演で、「Pay What You Want」と名付けた、観客が料金を決めるシステムを始める。観客は事前に料金を払わず、来場時に封筒をもらい、観劇後に任意の額を入れてスタッフに渡す。面白いと思えば多く、つまらなければ少なくするなど、金額は自由だ。
同劇団は今年結成5年目。主宰の坂本隆太郎は「目標だったHEP HALLでの公演にあたって、劇団も観客もより緊張感をもって向きあえる仕組みを取り入れた」と背景を明かす。観客には金額を決めた理由についてのアンケートも記入してもらい、今後の活動に生かす。坂本は「劇の価値を判断しようと、観客がより真剣に見てくれるようになる」と期待を込める。
関西では1980年代に劇団☆新感線、南河内万歳一座などの小劇場が躍進し、一大ブームが起こった。しかし、80年代をピークに観客は減少傾向をたどる。新料金システムの導入について、各劇団は「同様の仕組みを他の劇団にも採用してもらい、知名度を高めたい」と口をそろえる。若い観客層の開拓につなげる狙いだ。
(大阪・文化担当 小国由美子)
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