2019年3月20日(水)

京都・須賀神社 節分に覆面男現る(謎解きクルーズ)
平安時代の恋文、良縁のお守りに 代筆した貴族?の姿で販売

2015/1/24 6:30
保存
共有
印刷
その他

京都の神社仏閣で2月3日の節分にちなんだイベントを調べると、豆まきではないものが結構目立つ。なかでも須賀神社(京都市左京区)の写真を見て驚いた。白い覆面、烏帽子(えぼし)をかぶった男性が女性に何かを渡している。豆まきに付き物の鬼とは似ても似つかない。どんな意味と歴史を持つ行事なのだろう。

縁結びに限らず、様々な御利益を期待する人も少なくない

縁結びに限らず、様々な御利益を期待する人も少なくない

須賀神社は京都大学に近い閑静な住宅街にある。869年の創建で、縁結びや安産などに御利益があるという神様をまつっている。ユニークな行事は毎年2月2、3日。平安装束の水干(すいかん)に烏帽子を付けた覆面の2人組が現れて懸想文(けそうぶみ)を売る。相手への気持ちをつづったラブレターにあたるものだ。良縁や商売繁盛、美人になれるとされるお守りにもなるという。

○ ○ ○

宮司の佐師郡壹(ともかず)さんに話を聞く。節分の恒例行事になったのは1947年以降とのこと。江戸時代に京都で、懸想文を売っていた風習があったようだが、詳細は分からないという。

起源については「一説には平安時代に、位の低い貴族が小遣い稼ぎのために恋文を代筆したのが始まりのようです」。当時は字が書けない人が多かった。依頼人の思いを教養のある貴族が正体がばれないよう、覆面姿で代筆したことにちなんだ、との見方がある。

節分の行事になったのは「昔の風刺画を見ると梅の枝を持っていて、冬の服装だったからこの時期にしたのではないか」という。春を前にして、手にした人が自然と恋に前向きになる効果を見込めるとの理由もあるようだ。

今では1枚1000円の懸想文を求め、京都市内を中心に大阪や神戸など遠方からも女性が訪ねてくる。境内には特設テントの専用売り場が設けられるほど。内容は毎年変わり、2日間で1千枚ほどが売れるくらい人気がある。「開けない方が御利益が見込めますよ」と佐師さんはほほ笑む。

神社の歴史などに詳しい仏教大学の斎藤英喜教授に懸想文について聞いた。「祇園社(現在の八坂神社)に所属する神職が収入を得るため、節分に新たな暦(カレンダー)を売り始めたのが発祥ではないか」と解説してくれた。

節分は旧暦の大みそかに当たる。テレビも新聞もない時代には暦を知る方法は限られていた。カレンダーは天文や暦、気象などをつかさどる役人の陰陽師(おんみょうじ)が製作していたとされる。

須賀神社は祇園社の下部組織の一つで、暦を扱っていた可能性がある。貴族が恋文を代筆していたという説については時代が移り変わる中で、斎藤教授は「書き手が神職から貴族に入れ替わったのでは」と推測する。

○ ○ ○

気になる御利益はどうだろう。約15年前、懸想文を買った主婦(45)はその後に伴侶を見つけ、「結果的には満足している」と笑う。毎年買うという団体職員の男性(59)は「昨年は宝くじに当たった」とにっこり。縁結びに限らず様々な御利益を期待する人も少なくないようだ。

京都にはひと味違った節分を楽しめる社寺が少なくない。須賀神社近くの吉田神社(左京区)は疫病神を追い払う追儺(ついな)で有名。八坂神社(東山区)は同じ豆まきでもあでやかな舞妓(まいこ)が登場し、踊りも披露する。寒さは厳しいが、京都の奥深さを堪能するには格好の季節だ。

(京都支社 角田康祐)

保存
共有
印刷
その他

関連キーワード

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報