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巨大古墳に様々な呼称 仁徳陵の謎を探る(2)

軌跡

「『仁徳天皇陵』の正式名は何ですか」。堺市役所の文化財課には時々、こんな電話がかかってくる。無理もない。宮内庁が仁徳天皇陵として管理する同市の巨大古墳は、実に様々な名前で表記されるからだ。「大山(だいせん)古墳」「大仙古墳」「大仙陵古墳」「伝仁徳陵古墳」……。呼称を複数持つ古墳は他にもあるが、ここまで多彩な例は珍しい。関心の高さの表れだろう。

市の担当者はその都度、こう答えている。「立場や考え方によってそれぞれです」

宮内庁の呼称は「仁徳天皇 百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)」。平安時代の法令集、延喜式(えんぎしき)が記す名だ。同庁が管理している陵墓はいずれも明治初期、延喜式をもとに当時の知見を踏まえて被葬者が指定された。だが歴史学や考古学の研究が進み、指定に対する疑問や否定的な意見が相次いでいる。

「天皇の名を冠して呼ぶのは学術上は不適切」。1970年ごろからこう考えられるようになり、現在は陵墓も一般の遺跡と同じく所在地の名で呼ぶか、古文書に登場する名を使うようになっている。

仁徳天皇陵の所在地は堺区大仙町。では「大仙古墳」が正しいかというと、堺市の文化財課では「大山古墳」と表記している。「大阪府が用いている文化財地図に合わせた呼称。一部の古文書に『大山陵』と書いてあるのに基づく」と堺市世界文化遺産推進室の十河良和さんは説明する。

ただし古文書を調べると「大仙陵」と書かれたもののほうが多いという。日本史の教科書では「大仙陵古墳」を採用しているものもある。

2010年、世界遺産の国内暫定リストに登録した呼称は「仁徳天皇陵古墳」。「同じ堺市でも、世界文化遺産推進室はこちらを使う」と十河さん。ただし「被葬者が確定したわけではない。『現在は仁徳天皇陵としている古墳』という意味だと丁寧に説明する必要がある」。大阪府立近つ飛鳥博物館の白石太一郎館長はこうくぎを刺す。

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