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華麗育んだ近代精神 宝塚歌劇100年展

創立100周年を迎えた宝塚歌劇団の歴史を振り返る展示会「宝塚歌劇100年展―夢、かがやきつづけて」が神戸市中央区の兵庫県立美術館で開催中だ(9月28日まで)。華やかな展示を通して、戦前に阪神間で栄えた進取の気風と、近代的精神が育んだ文化現象としての宝塚が浮かび上がる。

展示場に足を踏み入れると、タキシード姿のマネキンが並び、華やかなスポットライトで祝祭ムードを演出する。写真やポスター、台本など約600点の資料を展示する。

兵庫県立美術館で展示されている高田賢三らがデザインした舞台衣装(神戸市中央区)

1914年、歌劇団の前身「宝塚少女歌劇養成会」が第1回公演を開いた。会場は室内プールを改造した「パラダイス劇場」。当時の写真を見ると、プールの水槽が客席に、脱衣所が舞台に改造されている。まだ珍しいオーケストラ伴奏がピットの中にいる。

阪急グループ創始者で歌劇団を創設した小林一三(1873~1957)は歌舞伎好きでもあった。「歌劇を特権階級の専有物ではなく、大衆のものにしようとした」と展示担当学芸員の飯尾由貴子氏は話す。明るい新感覚の洋楽を取り入れ、歌舞伎の持つ様式美と融合させた。

阪急文化財団理事で評論家の河内厚郎氏は「宝塚最大の転機は『ベルサイユのばら』(74年)のヒットだろう」と話す。日本でも欧米の演劇やミュージカルに触れる機会が増え、西洋文化の代替物だった宝塚が、日本独自の歌劇とは何かを見つめ直した。「写実的ではなく、とことん日本的な作り物に徹する。その答えの一つが少女漫画だった。女性ファンが急激に増えたのも同時期」(河内氏)

「ベルばら」以後も「風と共に去りぬ」(77年)などヒット作が続く。デザイナーの高田賢三やコシノヒロコがデザインした衣装、画家の横尾忠則が描いたポスター、映画やゲームから題材をとるなど「大衆目線での話題づくりを絶やさなかった」(飯尾氏)。

展示の後半では宝塚を生んだ背景として、1900~30年代、阪神間で鉄道インフラの発達とともに栄えた近代的な文化、生活様式である「阪神間モダニズム」を紹介する。同時期に活躍した画家や写真家の作品を並べた。大石輝一「六麓荘風景(A)」は六甲山脈の斜面の陽光あふれる明るさを見事に切り取る。

写真家の中山岩太は、男役トップスターとして活躍した葦原邦子ら多くの宝塚女優を撮った。ライトを効果的に用いて陰影をつけた背景、細微な一瞬の表情のとらえ方が目を引く。小倉遊亀「コーちゃんの休日」は越路吹雪、小磯良平「婦人像」は八千草薫がそれぞれモデルになっている。

阪神間モダニズムについて、河内氏は「実業家や中流階級が生んだ消費活動が中心の文化。東京の鹿鳴館のような上からの西洋化とは違い、生活の中からなじんでいった分、自然で開放的だった」と語る。

小林一三は宝塚で「清く正しく美しく」という理想の女性像を打ち出した。その理想像を河内氏は「かつては良妻賢母、今は個性的に生きる女性」と時代によって変わってきたと指摘する。展示されている機関誌「歌劇」や「宝塚グラフ」の表紙を眺めると、戦前までは目線が上向き加減の柔和な表情が多かったが、次第に読者にまっすぐ向き合う引き締まった表情が増えていく印象を受ける。

当時の文化人が憧れ、中流階級から大衆へ支持を広げてきた宝塚歌劇。これからも多くの人を魅了し続けるだろう。

(大阪・文化担当 安芸悟)

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