ご近所との縁 創作の糧 現代美術家 森村泰昌さん(私のかんさい)
大阪らしさ 作品ににじむ

2017/3/16 6:00
共有
保存
印刷
その他

 ■現代美術家として世界的に活躍する森村泰昌さん(65)は生まれも育ちも大阪市天王寺区。これまで同区から居を移したことは一度もなく、現在もこの地に自宅とアトリエを構えている。

 もりむら・やすまさ 1951年生まれ。ゴッホやレーニンら古今東西の著名な芸術家や有名人にふんしたり、画中の人物となって名画を再現したりする「セルフポートレイト」の手法で制作。国内外で高く評価される。
画像の拡大

 もりむら・やすまさ 1951年生まれ。ゴッホやレーニンら古今東西の著名な芸術家や有名人にふんしたり、画中の人物となって名画を再現したりする「セルフポートレイト」の手法で制作。国内外で高く評価される。

 これだけ天王寺区で生きてきたんだからよほど大阪が好きなんですね、とよく言われるがそういうわけでもない。若い頃は地元にあまり愛着は無かったし、東京へ出ようとしたことも何度かある。しかし、生来の出無精のせいで、大阪でだらだらしていて気がつくと今に至っていたというのが本当のところだ。

 そうは言っても、結果として大阪にいて本当によかったと思う。美術に限らず日本の文化の中心はやはり東京だ。同業者や美術関係者の層は圧倒的に厚いし、熱心な美術ファンも大阪よりずっと多い。もし自分が東京にいたら、そうした人たちだけに囲まれ、固まってしまっていはずだ。

 自宅やアトリエの近辺を歩けば「ダ・ビンチのおじさん、こんにちは」「今度は何に変装するんや?」などと近所の人に気軽に声をかけられる。昨年の個展の際は、ご近所さんたちや知り合いに向けて、自分で招待券を何百枚も手配りした。何気ないことだが、自分の作品が一般の人たちにどう理解され受け入れられるか、肌で知ることはとても大切だ。大阪で美術と無関係の人たちと幅広く交流できた意義は大きい。

 ■昨年、国立国際美術館(大阪市北区)で開いた個展「森村泰昌 自画像の美術史―『私』と『わたし』が出会うとき」は大阪での初めての大規模な個展。これまでの集大成と言うべき内容だった。

集大成となった作品「『私』と『わたし』が出会うとき―自画像のシンポシオン」(2016年)の一場面
画像の拡大

集大成となった作品「『私』と『わたし』が出会うとき―自画像のシンポシオン」(2016年)の一場面

 大阪や関西を意識して制作してきたわけではない。大阪での個展が初めてというのも、言われるまで気がつかなかったほどだ。だが昨年の個展は私に多くのことを気づかせてくれた。

 例えば、個展に向け、長編の映像作品「『私』と『わたし』が出会うとき―自画像のシンポシオン」を制作した。私自身がレオナルド・ダ・ビンチやレンブラント、フリーダ・カーロといった画家たちにふんし、ナレーションも担当した。

 当初、ナレーションは標準語で話すはずだった。しかしどうしてもしっくりこない。イントネーションがおかしいと何度もスタッフに言われ、ストレスもたまった。考えた末、ナレーションは関西弁全開で話したのだが、これで作品に満足がいく内容に仕上がった。大阪を意識していたわけではないが、結局のところ自分は大阪の人間なのだと強く実感した。

 ■美術をはじめとする芸術分野でも、大阪や関西の地域性を強く打ち出す作家、作品は少なくない。

 私自身は今後も大阪や関西にこだわった作品を作ることはないと思う。「表現」という行為について自分なりの解釈を述べれば、作家は何らかのものを「表す」ために試行錯誤し、作品を生み出すが、実際に作品を通して「現れる」ものは何か別のものであり、当初の意図とは違う意味合いを帯びてくることも多い。

 ことさら大阪や関西を意識せずとも、自分は大阪の人間であるし、その影響から逃れられるはずもない。何かを表現しようとすれば、直接的にではなくとも、おのずと大阪らしさ、関西らしさというものは現れてくるのではないか。それだけの文化的、歴史的な密度や濃度がこの地には蓄積されていると思う。

(聞き手は大阪・文化担当 田村広済)

共有
保存
印刷
その他

電子版トップ

【PR】

【PR】

主要ジャンル速報

北海道 7:01
7:00
東北 7:00
7:00
関東 7:01
7:00
東京 7:01
7:00
信越 7:00
7:00
東海 7:05
7:01
北陸 6:32
6:25
関西 6:32
6:25
中国 7:01
7:01
四国 7:02
7:01
九州
沖縄
14:57
6:01

【PR】



日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報