滋賀、湖上に田んぼ浮かぶ?(謎解きクルーズ)
「権座」に舟で通い 酒米に愛注ぐ 先人耕した地、次代へ

2014/10/18 6:31
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観光船や漁船が行き交う滋賀県の琵琶湖に、農作業用の舟が浮かんでいた。何のためかと思ったら、舟でしか通えない田んぼがあるからという。湖上に浮かぶ田んぼとはいったいどのようなものだろう。

西の湖上にある水田「権座」(滋賀県近江八幡市)

西の湖上にある水田「権座」(滋賀県近江八幡市)

まず湖にある4つの島のうち最大の沖島(近江八幡市)に見当を付けた。唯一人が住む島だからだ。「きっと島民のための田畑があるだろう」と思い、滋賀県庁を訪ねた。

市町振興課の南里明日香課長は「淡水漁業の島で、耕作地はほとんどありません。庭先で自家栽培をしたり、対岸の田んぼで農作業をしたりする家庭はある」との答えだった。

沖島の住民が舟で対岸に出向いている可能性はあるが、逆に岸から島にある田んぼに向かう人はいないのだろうか。考えていると、南里課長が「田んぼが湖上にあるのなら権座(ごんざ)でしょう」と教えてくれた。

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近江八幡市にある「権座・水郷を守り育てる会」事務局長の大西実さんを訪ねる。権座とは聞き慣れない言葉だが、「地名で、住所の小字(こあざ)にあたる部分です」と説明してくれた。琵琶湖のすぐそばにある西の湖に、周囲を石垣で囲まれた島状の土地があるという。

内湖(ないこ)と呼ばれる琵琶湖周辺に残る湖の一つ。水深が浅く、ヨシ帯が広がり、魚の産卵場や渡り鳥の休憩場になっている。県によると、かつて内湖は100近くあったが、戦後の食糧難を解消するための農地確保で干拓が進み、今や23に減った。

「島状の田んぼは周辺に7つあって、それぞれに権座のような住所が付いていた」と大西さん。1960年代の干拓事業で6つは消滅したという。現在の地図や写真を見ると、ほかにも島のような部分があるが「ヨシの原野と化していて農耕はできません」。

近江八幡市に尋ねると、江戸時代には権座があったとの記録が残っているそう。島の広さは2.5ヘクタール。国が洪水防止で堤を建設しようと1ヘクタールを先行買収したが、計画は中止。国有地はそのまま残っており、農地は1.5ヘクタール。地権者は十数人いて、皆、対岸部にも農地を所有する農家だ。

島ではどのように農作業をするか、大西さんに聞く。田に水を張り、水位を保つ時期には1日数回、舟に乗って島に渡ることもある。通常の陸地にある田んぼと比べて、田植えや収穫の作業は大がかりだ。3~4隻の舟を並べて横板を渡し農業機械を運ぶ。

実った稲から吟醸酒を造る(滋賀県近江八幡市)

実った稲から吟醸酒を造る(滋賀県近江八幡市)

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かつては通常の食用米を作っていたが、今は「滋賀渡船6号」という酒米を育てる。滋賀県農業技術振興センターが改良を重ねた品種で「舟で渡る権座にはぴったりの名前ということで6年前、栽培が決まった」。今では、一升瓶にして年間3000本ほどしか造れない純米吟醸酒「権座」を心待ちにする人も多いという。

田んぼは、カギ型や扇状をしており、昔からの不整形地だ。大西さんは「昔の人たちが石垣を積み、湖底から泥や水草をすくって堆積させ、ようやく作り上げた農耕地」と振り返る。先人の努力に敬意を払い、あえて昔のままを保っているという。

「滋賀県は祖先からの土地を守り抜こうという気持ちが強い土地柄」と県農政水産部の青木洋部長は話す。農地を守るには、手を入れ続けなければならない。人手が離れると次第に荒れ、農地に戻すのは難しくなる。舟で渡るため普通の田んぼより手間も時間もかかるが、代々の土地を残そうという思いが保存活動として結実した。

権座には琵琶湖の原風景がある。農業体験希望者を呼び込み、イベントを開いて人々に価値を語り継ぐ。2006年には国の重要文化的景観に選定。14年2月には日本ユネスコ協会連盟の「プロジェクト未来遺産」に登録されるなど、外部からの評価も高まっている。

「農家が減って大規模化、効率化が求められる時代には逆行しているかもしれない。でも各地で棚田が見直されているように、次の世代に伝えたいんです」と大西さん。それは地区全体の思いだ。地域の誇りとして、滋賀の農業のシンボルとして権座は湖上に浮かぶ。また実りの秋がやってきた。

(大津支局長 蓮田善郎)

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