文楽の豊竹咲太夫 久々に切り場を語る 現役唯一、師譲りの名人芸

2016/11/13 6:00
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国立文楽劇場(大阪市中央区)で上演中の文楽公演で、太夫の豊竹咲太夫(72)が9カ月ぶりに山場の「切場(きりば)」を語っている。この2年間に切場語りの竹本住太夫、竹本源太夫、豊竹嶋太夫が相次いで現役を退き、今は咲太夫一人。最高格の太夫として文楽界をけん引する重責を背負う。

今月の大阪公演、来月の東京公演と相次いで重要な「切場」を担う舞台に向け、手応えと決意を語った

今月の大阪公演、来月の東京公演と相次いで重要な「切場」を担う舞台に向け、手応えと決意を語った

「咲太夫! 燕三(えんざ)!」

舞台右手の床が回り、咲太夫と三味線弾きの鶴澤燕三が現れると、客席から掛け声とともに大きな拍手が送られた。20日まで続く錦秋文楽公演で咲太夫が語るのは「増補忠臣蔵 本蔵下屋敷(ほんぞうしもやしき)の段」。赤穂事件を題材にした人気作「仮名手本忠臣蔵」の外伝だ。

江戸中期に大坂で初演された本伝に対し、この外伝は明治期に成立したとされる。咲太夫は「文楽をよく知る人が書いたと思われ、おいしい節ばかり」と指摘。本伝から浄瑠璃の節回しを引用したり、琴と尺八の演奏が加わったりと聴き手にも演者にも楽しいという。

物語の舞台は史実の江戸時代から室町時代に移している。主人公の加古川本蔵は御殿の松の廊下で塩谷(えんや)判官(浅野内匠頭)が高師直(こうのもろのお、吉良上野介)に斬りかかるのを止めた人物。本蔵は師直に賄賂を渡して主君の桃井若狭之助(わかさのすけ)の勘気に触れ、下屋敷に閉居している。

物語では本蔵が大星由良之助(大石内蔵助)に討たれる覚悟であると明かし、若狭之助は忠臣を惜しみながらも師直の屋敷の図面を託して送り出す。「仮名手本忠臣蔵」の山場である九段目につながる場面だ。

何度もこの場面を語ってきた咲太夫。近代文楽界で屈指の名人と称され、1967年に亡くなった師匠、豊竹山城少掾(やましろのしょうじょう)が使っていた床本(詞章が書かれた本)を携えて舞台に臨む。たくさんの覚書が余白部分に書き込まれ、伝統の技がこの床本に凝縮されている。

「本蔵は年齢を重ねて自然に演じられるようになってきたが、若狭之助のみずみずしさを無くさないよう気をつけたい」と咲太夫。重厚な本蔵と、りりしく清潔感のある若狭之助を見事に語り分ける。3月から腰痛が悪化し、舞台を休んでいたが、休演前と比べても遜色ない巧みな語りだ。

休演中はリハビリを重ね、7月の国立文楽劇場の夏休み特別公演で復帰。まずは切場ではない比較的軽い場面からで、切場を語る今回が本格復帰となる。

12月3~19日には国立劇場(東京・千代田)の開場50周年記念で「仮名手本忠臣蔵」の全段通し上演が控える。10時間の長丁場。太夫など技芸員(演者)の数がそろわないと上演できない大作だ。前回の2012年11月の公演で切場を勤めた嶋太夫や源太夫は舞台を去った。「太夫の絶対数が足りない。何とかやれる状態だ」と危機感を募らせる。

国立劇場で咲太夫は四段目「塩谷判官切腹の段」で切場を勤める。昔からこの段を上演している時は、客席への出入りが止められ「通さん場」と呼ばれたほど厳粛な雰囲気が漂う場面だ。最大の見せ場とされる九段目「山科閑居の段」は「僕はもう体力的にいい」と言い、この段を勤める竹本千歳太夫に「日本一の太夫と思ってやりなさい」とエールを送った。

咲太夫自身「太夫は70歳前後が一番いいとき」と手応えを感じている。稽古や人生経験を積み重ね、芸の円熟味が増してくる。これ以上年を経ていくと体力面での不安が生じるからだ。「次の人にバトンを渡したい」と話す一方で、「やる気は教えられない」と後輩への視線はまだまだ厳しい。「最後の忠臣蔵にしないよう、総力を結集して頑張らないといけない」。師走の舞台に向けて、そんな危機感さえ口にするほど、気を引き締めている。

(大阪・文化担当 小国由美子)

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