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創業者は鈴木商店で修業 洗浄のリサイクル(2)
軌跡

2015/5/13付
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渋谷油脂の創業者、渋谷義雄は大正時代に三井、三菱をしのぐ一大コンツェルンを築いた鈴木商店の出身だ。大番頭、金子直吉の指示で香港や青島、ウラジオストクなどに駐在し様々な油脂を買い付けた。多角化路線を突き進んだ鈴木商店だが、関東大震災が起きた1923年ころから資金繰りが苦しくなり始める。

自社工場で従業員とくつろぐ渋谷義雄氏(右)(1947年、神戸市)

自社工場で従業員とくつろぐ渋谷義雄氏(右)(1947年、神戸市)

「今のうちに独立した方がよい」。金子からこう助言を受けて義雄はその年に退職。翌24年に食用油・油脂売買の渋谷油脂を創業し、後にせっけん製造や食用油の製油にも参入した。

45年6月の神戸大空襲で工場は焼失したが10月、焼け跡に仮工場を再建した。戦時中に供出した直径3メートルの大鉄釜が隣接地に放置されているのを発見、兵庫県と折衝の末に取り戻せた。せっけん製造は「平和産業」として原料が配給された。ただ初期投資がかさむ製油事業への復帰はかなわなかった。

鈴木商店時代の仲間との交友は戦後も続いた。合繊化の波に乗り遅れた帝人をポリエステル「テトロン」の事業化で一気に立て直した大屋晋三社長(当時)もその1人。「『大屋君、神戸の渋谷や』と大声で電話しているのを聞いて驚いた」と息子で2代目の会長の渋谷卓磨は話す。

27年の金融恐慌で鈴木商店は倒産したが、金子のおかげで義雄は巻き込まれずに済んだ。その恩を忘れず、亡くなる直前まで金子と鈴木商店創業家の墓参りを欠かさなかった。(敬称略)

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