海渡る和の風味 魚形しょうゆ入れ発祥の地(未来への百景)
大阪市
体長3センチほどの小さな魚がベルトコンベヤー上でひしめき、滝のように流れていく。といっても本物の魚ではない。持ち帰りの弁当やすしに付き物の魚形しょうゆ入れ。和食ブームを支える小さな脇役は実は大阪発祥だ。

開発したのは食品加工業の旭創業(大阪市住吉区)。割れやすい陶器やガラスの代替品として、創業者の渡辺輝夫氏がポリエチレンに目を付けた。「何か魅力的な形を」と考え魚形を発案し、1957年に同社を設立。現在の生産量は1日約100万個、年間約3億個にものぼる。
容器は兵庫県豊岡市の工場で作り、グループ会社のあさひパック(大阪府松原市)が同市内の2工場でしょうゆやソースを詰める。「ランチをチャーミングに」という願いを込めた製品名は「ランチャーム」。大小8種類の魚やブタなどの形をそろえる。
20年ほど前、しょうゆの注入からキャップを閉める工程までを機械化した。容器の向きを整える技術など「開発に5年かかった」とあさひパックの田中秀樹社長。今でも検品は人の目に頼る。
創業家2代目の渡辺正敏氏の意向で商標登録はしていない。旭創業社長室の橋場千枝部長は「まずは広く知られることが重要だと考え、どんどんまねしてもらうように働きかけたようです」。思惑通り、消費者にすぐ浸透した。
「魚形のシェアは推定4割」(橋場部長)というが、国内では市場が縮小傾向。大口得意先だったコンビニエンスストアはゴミ削減のため、味付け済みの材料を使うようになった。フィルムでパックした商品にも押されつつある。だが「すし店などでは魚形の人気が根強い」と田中社長。
ユネスコの世界文化遺産登録などに伴う和食ブームで海外から追い風が吹く。国内では容量3ミリリットルの製品が主流だが、欧米やオーストラリアではすしや生魚にしょうゆをたっぷり付けるため、大容量の製品の引き合いが強い。
一方、中国や東南アジアでは家庭に瓶詰めしょうゆが普及しておらず、売り込む余地は大きいという。今では生産量の約2割が海外向けだ。田中社長は「海外はまだ伸びる。現地のライフスタイルに溶け込みたい」と強調する。大阪生まれの小さな魚。その目は今世界を向いている。
文 大阪・文化担当 安芸悟
写真 三村幸作
同社はこれまで黄金色に輝く魚のほか、ヒョウタンやキュウリ、銭貨といった様々な形状のしょうゆ入れを生み出してきた。「通天閣やピエロといった注文もあったが、実現したのは一部」(田中社長)。複雑な形や多色は難しいようだ。
<カメラマン余話> 次々と流れてくるしょうゆ入れを魚の大群に見立て、尾びれを揺らして跳びはねる姿をイメージ。25分の1秒のスローシャッターに設定し、弱めにストロボを当てる。2時間の撮影を終え工場を後にすると、香ばしいしょうゆの香りが服や機材からほんのり漂った。