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生のブルース、脈々と 関西の重鎮3人が初共作

1970年代、大阪、京都を中心に、米国のルーツ音楽に引かれた若者たちが奏でた関西ブルース。その中心だった3人、有山じゅんじ(61)、山岸潤史(61)、上田正樹(65)がこのほどアルバムを作った。数多くのセッションを重ねてきた盟友同士だが、3人だけの録音は初めてだ。

新作アルバムを出す(左から)上田正樹、有山じゅんじ、山岸潤史

「昔は音楽面でもビジネス面でも結果を思い浮かべながら演奏していた。今は何も考えてへん」。山岸が笑うと有山、上田もうなずく。「(音楽が)体に染みついていてこれしかできひん」と有山。「頭で考えるんじゃなくて、体が反応しているだけ。そういう年齢になってきたということやね」と山岸が応える。

有山、山岸のユニット「有山岸」に上田が客演し、24日に出すアルバム「チョットちゃいます Bitter Sweet Soul」。有山、山岸のアコースティックギターと上田の歌で構成した「すごくシンプルな」(上田)作品だ。米国のラグタイム、レイ・チャールズやオーティス・レディングらが書いたリズム&ブルースのカバーが風のように自然に流れていく。

録音は3日間で終えた。気心が知れた同士のあうんの呼吸。何も加工しない生身の音で勝負する。山岸と同じ米ニューオーリンズ在住で、親交も深いピアニスト、アラン・トゥーサンの曲など、上田が初めて歌った曲もあり「刺激になった。普段とは違う自分を発見できた」と喜ぶ。

70年代、関西ではフォークとロックのはざまから先鋭的なブルースバンドが続々登場する。大きなうねりの中心にいたのが山岸の「ウエスト・ロード・ブルース・バンド」と上田、有山の「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」だ。

あさま山荘事件が起きた72年、京都で結成したウエスト・ロード・ブルース・バンド。バンド名は西大路通からとった。同年9月、ブルース界の巨人、B・B・キングの大阪公演の前座に起用され、一躍名を上げる。山岸はキングとの共演の直前に加入。「伸ちゃん(ギターの故・塩次伸二)から電話があって『ギターが欲しい』っていうから、新しい楽器が欲しいんだと思って持って行ったら、それが自分のオーディション。1時間くらいセッションした」と振り返る。

有山はフォークグループ「五つの赤い風船」を経て、74年、上田らとサウス・トゥ・サウスを結成。「俺の借金全部でなんぼや」と歌う本音とユーモアがない交ぜの曲は大阪らしい泥臭さを強烈に振りまいた。

関西での切磋琢磨(せっさたくま)が熱気を生み、73年に始まったヤマハ主催の勝ち抜きバンドコンテスト「8.8(ハチハチ)ロックデイ」などでも互いに火花を散らしていたという。「楽屋でギターの弦を張っていたら、上田の仲間に『何や邪魔くさいな』と言われた」と山岸。

山岸はまた「京都ではロック喫茶ごとにバンドとそのシンパが付いていて、ほかの店に行くときは殴り込みみたいな雰囲気だった。俺もズボンにスパナを忍ばせていた。当時は聴き手も含め、みんな血気盛んだった」と苦笑する。そういった現場に密着した熱狂こそが関西ブルースの真骨頂。レコードファンが中心だった東京との大きな違いを生んだのだろう。

人の臭いが漂い、ありのままの感情を込めた生の音楽。40年たって関西ブルースの流れがまた勢いを取り戻した。「(88歳の)B・B・キングがまだ現役。俺ら新人みたいなもんやね」と笑う上田。3人は24日からビルボードライブ大阪(大阪市)を皮切りに各地で公演する。

(大阪・文化担当 多田明)

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