ほほ笑む「高砂人形」役回りは?(謎解きクルーズ)
結納彩る夫婦、長寿も祝う 華麗な贈答、関西で根付く

2015/5/16 6:00
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子供の頃、祖父母の家で見かけたおじいさんとおばあさんの人形。「いったい何だろう」と不思議に思っていたが先日、結納の品の1つで夫婦和合の象徴「高砂人形」と知った。最近は結納用に加え、長寿のお祝いにしてもらおうとの動きもあるという。人形に込められた願いを調べた。

店頭に並ぶ木目込みの高砂人形(大阪市中央区の久宝堂) 

店頭に並ぶ木目込みの高砂人形(大阪市中央区の久宝堂) 

人形店が軒を連ねる大阪市の松屋町筋。創業40年の「久宝堂」を訪ねると店の一角に、老夫婦が優しくほほ笑む高砂人形が並んでいた。木目込み、木彫りなど種類は多様で価格は1万~二十数万円まで幅広い。「夫婦が白髪になるまで仲むつまじく連れ添う、という願いが込められている」。店員の菱沼省三さん(53)がこう教えてくれた。

その由来は室町時代、世阿弥が著した能の演目「高砂」にある。播磨国(現兵庫県)の「高砂の浦」を訪れた九州阿蘇宮の神主の一行が老夫婦と出会う。老夫婦は自分たちは「相生の松」の化身であると告げる――。作品中で謡われる「高砂や この浦舟に帆を上げて」は披露宴の定番となっている。

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高砂神社にある「相生の松」が由来とされる(兵庫県高砂市)

高砂神社にある「相生の松」が由来とされる(兵庫県高砂市)

舞台となった兵庫県高砂市にある高砂神社にこの松が実在すると聞き、現地に向かった。境内の神木を見るとクロマツとアカマツが1つの根元から生えているかのようだ。「クロマツは海辺、アカマツは山あいに自生する。アカマツの株が川に流されてクロマツと巡り合い、できた偶然の産物が『相生の松』。夫婦和合の象徴とされてきた」と小松守道宮司は話す。現在の松は5代目。海岸付近で自生していたのを移植したという。

相生の松は平安時代後期から信仰の対象となり、鎌倉時代になると神像が作られた。それが高砂人形の源流とみられる。結納の品になったのは江戸時代。当初は領主や豪商などに限られていたが明治以降、一般にも広まった。

デザインにも流行があった。「20~30年ほど前まで能の演者のように面をつけた人形が主流だったが、最近は温和な面持ちのものが人気」(菱沼さん)。派手な陶磁器製がはやった時期もあったが、徐々に減ったそうだ。

ただ「新郎側から新婦側へ結納の品として高砂人形を贈るのは関西を中心とした慣習。他の地方ではあまり見られない」と阪急うめだ本店(大阪市)の結納用品売り場担当、高道学明さんは説明する。

現在、結納の形式は関西風、関東風、九州風に大きく分かれる。関東は高砂人形の代わりに麻の白糸をまとめた「友白髪」(共白髪)を、九州は茶を贈ることが多いそうだ。

ちなみに全国共通なのは酒、魚、帯、扇子、熨斗(のし)の5品。酒、魚、帯は「酒肴(しゅこう)料」などとして現金で贈る場合もある。贈り方にも違いがあり、関西は1品ずつ別の台に載せ、関東は1つの台に全てを載せる。「関西は見た目の華麗さを、関東は武家風に質素さを重視する傾向がある」と高道さん。

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そもそも結納は「婚姻に先立って婿が嫁の家へ挨拶に行く際、酒や肴(さかな)などを持参した古来の儀礼が起源」。佛教大学の八木透教授(民俗学)はこう説明する。その品目は食品から装飾品、金銭へと変わり、地方ごとに様々な形式が生まれた。高砂人形は「能の『高砂』が結婚式で舞われたことなどから、いつしか人形も縁起物として結納品に組み込まれたのでは」と八木教授は話す。

近年は結納を簡略化したり結納自体を省略するケースが増え、高砂人形の出番が減少。代わりに還暦や金婚式を祝う品として需要を掘り起こそうとの動きが出てきた。「長寿のお祝い」として高砂人形をネット販売する福岡市東区の会社経営者(67)は「高齢化が進み、今後は還暦や古希などを祝う贈答品として販売が見込める」と話す。

仲良く、幾久しく。時代は変われども人形に込めた祈りは変わらない。願わくば自分もそう誓い合える相手と巡り合いたい――。そんな気持ちを強くした。

(大阪社会部 田村修吾)

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