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関西発

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「2府4県」の枠超えて(関西の羅針盤)
第9章 輝けモザイク(3)

2015/4/2付
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「関西」という言葉の初出は1180年。鎌倉幕府の記録「吾妻鏡」に記述がある。「三関」と呼ばれる越前の愛発(あらち)関(福井県敦賀市)、美濃の不破関(岐阜県関ケ原町)、伊勢の鈴鹿関(三重県亀山市)が関西と関東の境界となった。ちなみに「関東」のデビューは740年(「続日本紀」)。関西と関東が対置されるようになって800年以上が経過した。

隣県と密接関係

吾妻鏡には「関西三十八国」(1203年)という表現もあり、関西は九州を除く広範囲の

西日本を指していた。現実のビジネスや地域関係もこの歴史を反映する。関西電力の供給エリアは2府4県をはみ出して福井、岐阜、三重県の一部に及ぶ。関西広域連合にも徳島県と鳥取県が加わり、福井県と三重県はオブザーバーとして参加している。

視線はアジアに

広義の関西が見据える先にはアジアがある。歴史的に関西企業はアジアに活路を求めてきた。1930年代、日本製綿製品のインド向け輸出が急増して英国製品を圧迫し日英貿易摩擦が起きた。大阪の綿紡業者はインド産原綿ボイコットを唱え、神戸・大阪商工会議所も賛同して、政府の対英融和策をけん制した。

72年の日中国交正常化に先立つ71年9月、関西経済界は佐伯勇・大商会頭を団長に「関西財界訪中団」をいち早く送り出した。東京との距離がプラスに働き、時の政権とは異なる方向性を打ち出せた面がある。

松浦正孝・立教大教授は「(中国が主導し日本政府が二の足を踏む)アジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を、関西経済界が旗を振るぐらいのアジア重視の大胆なシナリオを示せばよい」と説く。

「中国・上海と北米市場を結ぶ最短ルートは日本海航路。関西にとって福井はアジアへの窓口になる」と指摘するのは清家彰敏・富山大教授。関西へ多くの電力を供給する原子力発電所が立地する福井県との関係強化が必要とみる。

関西経済連合会が下妻博前会長の時に福井、三重、徳島、鳥取の4県を含めた地域別担当副会長を置き、広域をカバーする体制を組んだのもこうした流れに沿っている。関経連は「大阪経済連合会」と揶揄(やゆ)されるような狭義の関西を志向してはならない。

東京と比べて関西の将来を探る旧態依然の議論は不毛だろう。関西経済界が意識すべきは東京ではなくアジアである。(竹田忍)

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