三宮だけじゃない 八つの宮 神戸の守り神(とことんサーチ)
生田神社を囲む縁 駅名で「三」有名に

2017/3/4 6:00
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 港町神戸の中心街といえば三宮が有名だ。だが地図をよく見たらJR三ノ宮駅の北側に「二宮町」があることに気付いた。他にも「宮」があるのか。気になって調べると「一宮」から「八宮」まで8つの神社があると分かった。だがなぜ八社もあり、中でも三宮が有名になったのか。年始めに凶のおみくじを引いた記者が厄よけの期待を込めて宮を巡って調べてみた。

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 まず二宮町にある二宮神社に向かう。JR三ノ宮駅から北に歩いて約3分。社殿の朱色が目に鮮やかだ。伝承によると神功皇后が三韓征討からの帰路に生田神社を建てた際、八社を巡ったという。伝承通りなら1800年以上の歴史だ。神戸市営地下鉄の駅でもらった「交通局御朱印帳」を手に一宮神社に向かった。

 一宮神社は生田神社にも近い。八社は生田神社を囲うように点在するため「生田裔神(えいしん)八社」とも呼ばれる。日本書紀などに登場する三女神・五男神を祭るのが「八社」のゆえんのようだ。かつて勢力を増した生田神社が地元の8つの鎮守に名を付けたとの説もある。一宮神社の山森大雄美宮司は1699年の記録に八社が「裔神末社」として登場するため「この頃には厄よけで八社を巡る風習があった」とみる。

 一宮神社の住所は一宮町と思いきや山本通だった。不思議に思いつつ、次の三宮神社に向かう。住所は三宮町だった。神戸の地域史に詳しい園田学園女子大学の田辺眞人名誉教授は「町名はほかに親しまれた名前がなかったから神社の名前がついた」と説く。町名に名を残すのは二宮、三宮、五宮、七宮の4つ。三宮は三宮神社に由来するのだ。

 順番からすれば一宮が栄えても良さそうだが、三宮が有名になったのは社格ではなく、偶然の産物だったようだ。明治維新ごろまで三宮神社の周辺は砂地と田畑ばかりで、森を抱える三宮神社が地元の目印だった。そこに明治初期に外国人居留地が誕生。欧米文化が花開き、急発展した。加えて、大阪―神戸間で鉄道が開通する際、居留地近くにも駅を作ることになった。田辺氏は「開業時の国鉄が遠方から来る客が分かりやすい駅名を探し、地元の目印だった三宮神社の名を拝借した」と指摘する。神社が目印だった土地に到来した舶来文化と大量輸送時代が「三宮」を全国区に押し上げたのだ。

 時代に翻弄されたのは六宮神社。大倉山公園の南側にあったが明治時代に学校用地となり、八宮神社に合祀(ごうし)された。八宮神社の前川肇宮司は「祭りも2つやるので作業が2倍で大変」と笑う。生田神社から遠い海側の七宮神社は明治時代、神社の名前を巡って生田神社と争った。ご祭神が生田神社の裔神だからではなく7つの名を持つためだと主張したという。四宮神社では2年前から100以上の神社を巡る「御朱印ガール」に出会った。兵庫県赤穂市在住の30代会社員、河合七重さんは姫路市の橋本奈美さんと「一宮から順に巡っている」と笑った。五宮神社ではネコが出迎えてくれた。

 八社巡りは神戸市交通局が2014年に御朱印帳を発行し人気に再び火が付いた。「八」という縁起の良さや一巡約12キロメートルの手軽さに御朱印集め人気も加わり「驚くほど参拝者が増えた」(八宮神社の前川宮司)。御朱印帳は約2万部を発行した。二宮神社には人気グループ「嵐」メンバーの名字と同じためか女性客が目立ち、コンサートへの参加を願う絵馬も多い。「人が集まって神社は息づく」(山西乙平宮司)。現代の神社像を見た気がする。

 近年は「港神戸守護神 厄除八社」とも呼ばれる。神社本庁によると八社そろうのは全国的にも珍しい。七宮神社の太田忠夫宮司は「八宮として残ってきた地元の縁を大切にしたい」と語る。八社の7宮司は節分には毎年八社巡りの参加者に景品を用意し、節分後には酒を酌み交わす。八社を巡る人が増えることが八社や神戸の街のつながりを強くする。8つ集めた御朱印を手にそう感じた。少しだけ厄よけできた気がした。

(大阪経済部 大沢薫)

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