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脳科学・AI けいはんなでコラボ うつ・自閉症 治療に新風(ひと最前線)

関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)の中核的研究機関として30周年を迎えた国際電気通信基礎技術研究所(ATR、京都府精華町)の中に、今年2月「さかい京阪奈クリニック」がオープンした。ATR子会社が保有する機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で読み取った脳内信号の解析と、人工知能(AI)による判定を組み合わせて強迫症(OCD)やうつ病、自閉症などの治療に取り組む。

「ネットの利用者が無料で提供している膨大なデータを蓄積、加工してAIの研究開発を続けるグーグルと同じ土俵で戦っても勝てない。だがAIの根底には脳科学がある」とATR脳情報通信総合研究所所長の川人光男(62)は説く。絵本を数冊読むだけで幼児は動物園にいる本物のゾウやライオンを識別するが、少数のサンプルで学習ができる脳の仕組みはまだ解明できていない。脳科学の出番だ。脳科学とAIの融合は最先端の研究領域で、勝負はこれから。世界規模の開発競争が進行中でATRはその先頭集団にいる。

本人は不必要と分かっているのに、不安感から手洗いや施錠の確認を何回も繰り返してやめることができないOCDの患者は、手の皮がむけてしまったり、ドアの前から離れることができなくなったりして日常生活に支障が出る。「ただずっと悪い状況が続いているのではなく、良い時と悪い時を交互に繰り返しながら揺らいでいる」と川人は話す。

たとえば、手洗いがやめられないOCD患者に、整理ができていない乱雑な部屋の映像を見せれば感情が乱れ、調子が悪い時に脳が発する信号データをfMRIから得られる。良い時の信号と比較して、脳内の状況を把握する。うつ病や自閉症の場合は、患者と健常者でそれぞれ100~200人について安静状態のデータをとり、状況を比較できるようにする。

通院は5日程度。治療はfMRIに入ったまま、ディスプレー上に現れる円をできるだけ大きく表示するように意識を集中するだけだ。同クリニックの医師、酒井雄希(35)は「患者には知らせていないが、実は円形の大きさは脳内の調子の良さを示す指標だ」と明かす。fMRIが検出した脳の信号を基に、AIが状態の良しあしを判定して円の直径を変える。

大きい円形を維持できればご褒美に30円程度を渡す。何回も大きくできればご褒美も増え、最大で1日約3000円になる。動機づけとしては金銭的報酬が最も強く、わかりやすいのだという。良い状態を長く維持する訓練を続ければ、乱れた神経回路を迂回し、情報を正しく伝達するバイパス回路を脳が形成して症状の改善につながる。

患者は通院への心理的負担を乗り越えねばならない。「クリニックの部屋は窓が大きくて明るい。患者に接する時はカジュアルな普段着姿で通す」ともう1人の医師、山田貴志(41)は言う。酒井の服装も同様だ。医師の白衣を見ただけで血圧が上がる健常者だっている。色々な面で細かい配慮が欠かせない。

クリニックは図書室の一角を改装して設置した。7月からは最新型のfMRIも稼働した。「駐車場から玄関まで点字ブロックを整備し、エレベーター内に鏡を取り付けるなどの作業も必要だったが、迷わず予算を組んだ」とATR社長の平田康夫(74)は語る。電気刺激や薬品を使わずに済む新しい治療法に将来性を感じたからだ。

関西文化学術研究都市推進機構の常務理事、瀬渡比呂志(61)は「基礎研究でスタートしたATRが、30年間でここまでの実用領域に到達したことに感慨を覚える」と話す。サントリーの研究所や三菱東京UFJ銀行の事務センター進出などで用地がほぼ埋まったことと並ぶ学研都市の明るいニュースだった。

川人たちには次の目標がある。脳卒中で神経回路が損傷し手足がまひした人に、SF映画に出てくるパワースーツのような外骨格ロボットを装着してもらい運動をサポートする。外部の力で筋肉を動かすうちに、脳内にバイパスの神経回路ができて運動機能を取り戻す仕組みができないかと考えている。

脳の中には未解明のフロンティアと、それを解きほぐすことで生まれるイノベーションが詰まっている。=敬称略

(編集委員 竹田忍)

 ▼機能的磁気共鳴画像装置(fMRI) 電気的な脳活動の結果として生じる血液の流れの変化を計測することで脳の活動を測る装置。人体の臓器診断などで輪切り画像を表示する通常のMRI装置と基本的な構造は同じ。陽電子放射断層撮影装置(PET)と違い、放射性同位元素を使わないで済む。

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