/

もっと関西 「8時間労働発祥の地」なぜ神戸? 川崎造船所が初 初代社長の先見(とことんサーチ)

松方幸次郎氏「世界の趨勢」1919年に自ら提案

ジャズ、ゴルフ、映画……。明治期に西洋文化の入り口として花開いた神戸市には「日本初」が意外と多い。その一つか、臨海部の神戸ハーバーランドに「8時間労働発祥の地」をうたう碑があると耳にした。「働き方改革」が全国的に進むなかだけに気になる。碑の設立経緯を探った。

神戸港を臨む場所に建つ碑には「大正八年(1919年)当時の川崎造船所の松方幸次郎社長が我が国で最初に八時間労働制を実施したことを記念してここに碑を建立」とあった。関東から観光に来た60代夫婦は「『8時間労働』は松方さんが初めなの?知らなかった」と驚いていた。

松方氏は、世界文化遺産への登録が決まった国立西洋美術館(東京・台東)設立のきっかけとなった「松方コレクション」でも知られる川崎造船所(現川崎重工業)初代社長。川重神戸本社を訪ねると、鎌田雄介プロモーション課長が経緯を教えてくれた。

19年は第1次世界大戦終結後の物価上昇で、賃金増額を求める労働争議が頻発した年で「川崎造船所も例外ではなかった」(鎌田氏)。従業員の高まる憤りを背景に、松方氏は19年に特別賞与の支給を決めたが、支給が半年以上遅れ、従業員の不満が爆発した。9月15日に工場の労働者代表が賃上げの嘆願書を提出。18日に松方氏と話し合ったが明確な回答が得られず、本社工場全従業員約1600人がサボタージュに踏み切った。

これに対し、松方氏は9月27日「19年10月から8時間制にし、同額の賃金を支給する」と表明、従業員側の度肝を抜いた。19年6月に締結されたベルサイユ条約は労働憲章の中で8時間制を到達目標として規定した。「米エール大に留学経験があり、船舶の動きを知るために英国に社長室を設け、英字新聞を毎日読むなど国際感覚に秀でた経営者だった」(鎌田氏)松方氏には、8時間制は「世界の趨勢」と認識していたもようだ。

社史には「8時間制の採用例はなく、提示を受けた従業員側は驚くばかりであった」とある。兵庫労働基準局の資料にも、従業員側が自分たちの給与額を計算し「『こりゃすごい。これじゃ一般の重役ぐらいもらえる』と歓声をもらしあった」と生々しい反応も描かれた。争議は「たちまち解決」したという。

もっとも、川崎造船所の争議が始まる前の19年7月時点で「兵庫県下における8時間労働実施工場は既に20工場を数えていた」(当時大阪大学教授だった小島典明氏の著述)との指摘もある。だが、川崎造船所の実践に対する世論の反響は大きかった。19年に8時間制を採用した工場は全国で200カ所以上に達した。47年に労働基準法が施行される28年も前のことだ。

ところが碑の設立はそれから70年以上後の93年だ。なぜか。「当時労基法の改正が進み、弾みをつけるためのパフォーマンスが必要だった」。碑の除幕式にも参加した兵庫労働基準連合会の山口隆廣専務理事は打ち明ける。

93年に週40時間制を原則とする労基法改正案が国会に提出された。だが「今より『物的資源がない日本には勤勉に働く人材だけが資源だ』との意識が強く、時短への反対意見も多かった」(山口氏)。

働き方を変えるシンボルをつくろう――。発案したのは当時、兵庫労働基準局長だった畠中信夫氏だ。労働史を調べると川崎造船所の8時間制導入に行き着いた。「初めはちょっとした石碑を置くぐらいに考えていたと思う」と山口氏は振り返る。

だが、彫刻家として紹介されたのはドーバー海峡開通記念モニュメントなどを手掛けた有名彫刻家の井上武吉氏。同氏は「松方氏は日本美術界の大恩人。予算はいくらでもやらせていただく」と「破格の値」で立派な碑を作った。2007年には経済産業省が「近代化産業遺産群」に指定した。山口氏は「今後余暇の必要性を示す象徴としてアピールしていきたい」という。

神戸製鋼所は今年から、午後7時以降の残業を禁止した。衣料通販サイト「ゾゾタウン」を運営するスタートトゥデイは「6時間制」を導入するなど、およそ100年前に神戸で始まった「働き方改革」は全国的に進みつつある。(大阪経済部 菊地悠祐)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連企業・業界

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン