迫力の石室、モース魅了 高安千塚古墳群(時の回廊)
大阪府八尾市

2015/4/3 6:30
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河内平野の東縁、高安山の麓に関西有数の群集墳「高安千塚古墳群(大阪府八尾市)」がある。残存する224基の多くは6世紀に築かれた円墳で、横穴式石室を備える。大森貝塚(東京)を発掘した米国人研究者モースが明治12年(1879年)に調査し、「日本のドルメン(巨石墓)」として海外に紹介したことで日本考古学史に名を残す。

■渡来系の特徴持つ

法蔵寺にある郡川1号墳(開山塚古墳)の横穴式石室=大阪府八尾市

法蔵寺にある郡川1号墳(開山塚古墳)の横穴式石室=大阪府八尾市

八尾の街を見下ろしつつ、造園用樹木の畑が広がる高安の山裾を歩くと、木立の間のあちこちに石室の口が開いている。私有地である上、安全面から立ち入れない古墳が大半だが、一部が見学できる。

その1つ、郡川1号墳を訪ねた。法蔵寺境内にあり、開山塚古墳とも呼ぶ。「18世紀に寺を開いた好山和尚の墓が近くにあるためだろう」。有沢博道住職が教えてくれた。

モースはこの古墳を調べ、石室の精密な図面を作製している。内部に照明は無い。狭い羨道を懐中電灯を頼りに、腰をかがめ8メートルほどおそるおそる進むと玄室に至る。天井は約3.8メートルの高さ。滴る水音が暗闇に響く。日本神話の「黄泉国(よみのくに)」は横穴式石室がモチーフ、との説を思い返した。

羨道のみがトンネル状に残った大窪・山畑7号墳(抜塚)=大阪府八尾市

羨道のみがトンネル状に残った大窪・山畑7号墳(抜塚)=大阪府八尾市

近くの来迎寺には大窪・山畑7号墳もある。玄室が失われ、長さ約8メートルの羨道のみトンネル状に残るユニークな姿で、「抜塚」の別称もある。

高安に古墳群が形成され始めたのは6世紀前半。石室の天井がドーム状で韓式系土器を副葬するなど、渡来系の特徴が見られる。それが6世紀後半になるとこうした要素は影を潜め、代わりに大和に準じた規模や構造の大型石室が増える。7世紀に入ると、ぱったり築かれなくなった。

■物部氏の支配下?

河内に移り住んだ渡来系氏族が、次第に地域に溶け込みつつヤマトの有力者の支配下に組み込まれた――。古墳研究の第一人者、白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館館長はこう読み解き、その有力者は河内を拠点とした物部氏だと唱える。「587年、蘇我馬子との抗争で物部守屋が敗死した後、高安の古墳群を築いた一族も衰えたのだろう」

横穴式石室が密集する奇観は古くから広く知られ、大坂城を築く際に石材を調達した記録がある。江戸期には観光地となり、「河内名所図会」などにも紹介されている。

近代以降は幾多の考古学者の関心を集めた。モースの調査から8年後には「日本考古学の父」とされる英国人研究者ゴーランドも訪れ、様々な写真などを残している。

白石館長もその魅力に引かれた一人だ。大学院生だった50年ほど前、この古墳群を踏査して論文をまとめた。「発掘しなくても石室を詳しく観察でき、古墳群の成り立ちを考えることができる貴重な研究対象だった」と振り返る。

近年は「開発の波が押し寄せ、保存対策が急がれる」と八尾市教育委員会文化財課の藤井淳弘さんは話す。大正期には565基あったとされるが今では半分以下。うち107基が今年3月、国史跡に指定され、保存整備がこれから本格化する。観光名所だったかつてのにぎわいを取り戻そうと藤井さんらは意気込む。

文 大阪文化担当 竹内義治

写真 三村幸作

<より道> 河内の人々の足跡をたどる

八尾市立歴史民俗資料館では高安山麓の歴史などを紹介している(大阪府八尾市)

八尾市立歴史民俗資料館では高安山麓の歴史などを紹介している(大阪府八尾市)

生駒山系の麓に広がる高安千塚古墳群を巡る行程は絶好のハイキングコースだが、案内板などの本格的な整備はこれから。見学可能な古墳がどこにあるのか分かりにくいこともあり、まずは近くにある八尾市立歴史民俗資料館に立ち寄ってアドバイスを受けたほうがよいだろう。

同館は周辺の遺跡で見つかった考古資料や、江戸期に盛んだった木綿栽培(河内木綿)に関する資料など、高安周辺の人々の暮らしの歩みを紹介している。

 郡川1号墳(開山塚古墳)のある法蔵寺は近鉄信貴山口駅下車、徒歩約15分。八尾市立歴史民俗資料館は近鉄服部川駅下車、徒歩約8分。

郡川1号墳(開山塚古墳)のある法蔵寺は近鉄信貴山口駅下車、徒歩約15分。八尾市立歴史民俗資料館は近鉄服部川駅下車、徒歩約8分。

20日まで高安古墳群の1つ、森田山古墳(服部川134号墳)の出土品を展示中だ。同古墳は戦前、開墾のために壊されて姿を消したが、金銅装圭頭大刀(けいとうたち)や金環などが見つかっており、このほど市指定文化財となった。

古墳群が国史跡に指定されたのを記念し、10月30日から2016年1月18日まで「岩本文一コレクション」に関する企画展示も開催する。大正時代に八尾市内の古墳群を調べた地元の研究者で、「彼が集めた土器の一部を大阪城天守閣が収蔵しており、久しぶりにそろって里帰りの予定」と同館の樋口めぐみ学芸員は話す。

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