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川・いかだ 見守った神 思子淵神社(時の回廊)

滋賀県高島市朽木小川

琵琶湖の西岸に注ぐ安曇川(あどがわ)。その流量は湖へ流れ込む1級河川全体の約3割を占め、滋賀県一を誇る。400平方キロメートルを超す広大な流域は森林に覆われ、かつては林業で栄えた。ここで独自に発展したのが「シコブチ神」を祭る信仰だ。

15のシコブチ神社

支流の一つ、針畑川(はりはたがわ)の渓谷沿いを車でたどると谷が開け、朽木小川(くつきこがわ)の集落へと至る。入り口の山裾に思子淵(しこぶち)神社の鳥居がそびえる。

覆屋の中に国重文に指定された本殿や蔵王権現社、熊野社がある

石段の上に社殿を収めた覆屋(おおいや)が立つ。地元の信仰はあつく「普段は石段の下から参拝します」と高島市教育委員会文化財課の山本晃子参事から注意を受けた。

見ることはできないが覆屋内には、シコブチ神を祭る本殿のほか蔵王権現社、熊野社などこけら葺(ぶ)きの小さな祠(ほこら)が並んでいる。14世紀の建立で、流(ながれ)見世棚造(みせだなづくり)という神社建築では最古級と8年前に判明。昨年、国重要文化財に指定された。

シコブチ神は筏(いかだ)乗りの守り神とされる。安曇川流域には奈良時代から材木産地「杣(そま)」が点在し、伐採した材木を筏に組んで運ぶ「筏流し」が盛んだった。中でも「朽木杣」は広く知られ、多くの歌に詠まれた。

シコブチ神とカッパの伝説がある安曇川支流、針畑川の金山淵付近(大津市)

春きては花かとみえん おのずから 朽木の杣にふれる白雪 源実朝

この流域には「志子淵」「志古渕」などとも表すシコブチ神社が計15社、神社跡2カ所、講(信仰集団)が2つ点在する。由来には諸説ある。朽木を開拓し筏乗りを指導した実在の人物との見方があり、天武天皇に仕えた忌部(いんべ)色布知(しこぶち)や、奈良時代の実力者・橘諸兄の弟の治高の名が挙がる。

一方、郷土史を研究する元朽木中学校長の石田敏さんは「シコ(醜)は恐ろしい、強いという意味。ブチは川の屈曲部や淵。人々の川の難所への畏怖、畏敬をあらわすのでは」と話す。

手掛かりの一つにガワタロウ(カッパ)の伝承がある。シコブチ神が息子と筏で川を下っているとカッパが現れ、息子を川に引きずり込もうとした。シコブチ神はカッパを懲らしめ、筏乗りに二度と手出ししないよう誓わせたという。

だが安曇川の筏流しは昭和に入ると衰退した。発電ダム建設や道路・鉄道の整備に加え、戦争が激しくなり筏乗りが次々出征したことが響いた。姿を消したのは1948年。流域の林業自体、70年代には外材の流入などを受けて相次ぎ廃業に追い込まれた。

村の存在を伝える

2005年、旧朽木村は周辺5町と合併して高島市になった。「村の存在を後世に伝えたい」。最後の村長、故・玉垣勝さんの依頼で石田さんは村史編さんに取り組んだ。村をくまなく歩いて資料を集め、古老から話を聞いた。この調査の中で、朽木小川の思子淵神社で1371年建立を示す板札を発見、国の重文指定につながった。

「朽木から広い世界に巣立つ若者たちに、自分の故郷を語れる人になってほしい」。合併から5年後に刊行された朽木村史には石田さんの思いがこもる。

文 大阪・文化担当 竹内義治

写真 尾城徹雄

 《交通》 車で名神高速京都東インターチェンジから国道161号、477号、307号や県道などを経て約1時間。市内のシコブチ神社を紹介する案内図「文化財になったしこぶちさん」を高島市教育委員会事務局や同市歴史民俗資料館で無料配布中。(電)0740・32・4467

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