英文豪も眺めた海の灯 平磯灯標(時の回廊)
神戸市垂水区

2016/7/1 6:00
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英文豪サマセット・モームの小説に登場する灯台があると聞き、神戸市垂水(たるみ)区を訪れた。多くの太公望や家族連れでにぎわう平磯海づり公園の沖に、ぽつんと立つ黄色い塔。正しくは「平磯灯標」という。付近には暗礁が多く、行き交う船に危険を知らせている。

昼夜兼行の難工事を経て完成した灯標。日本で現存最古の水中コンクリートだ

昼夜兼行の難工事を経て完成した灯標。日本で現存最古の水中コンクリートだ

■船の往来見守る

「それじゃ塩谷(編注=塩屋)クラブをご存じありませんね。わたしは若い時分、そこから出発して、信号浮標(ビーコン)をまわり、垂水川(同=現在の福田川)の口にあがったもんですよ」

小編「困ったときの友」に登場する、神戸在住の英国人はこう語る。困窮した若い同胞に、同じコースを泳ぎ切れば雇おうと提案するのだが……。モームらしいシニカルな物語だ。革命下のロシアなどで諜報(ちょうほう)活動に携わったモームは、そのころ日本に立ち寄ったとされる。神戸沖の灯標を望み、着想を得たのだろうか。

神戸海上保安部交通課によると完成は1893年(明治26年)。一帯は古来、多くの船が座礁した難所だった。最初に浮標を設置したが、暴風などで幾度も流失。87年に石造の灯標を建てたものの波浪で壊れた。現在の灯標は2代目だ。

海岸から眺めると近くにあるように錯覚するが、実際は1.1キロ沖にあり、高さは4~5階建てのビル並み。灯台見回り船で点検に赴いたことがある同課の妙中洸太さんは「上の方に扉があって内部に入れるが、そこまではハシゴで登る。こわいですよ」と話す。

幾つかの地元案内サイトに気になる表現があった。「山口県山陽小野田市に日本で最初に造られたセメント炉があり、第1号のセメントで垂水の灯標が造られた」等々。はて、日本のセメント製造は75年に東京の官営工場で始まり、小野田は「民間初」の工場だ。情報が混乱しているらしい。

平磯灯標のかつての姿。「回顧七十年」(1952年、小野田セメント刊)より=太平洋セメント提供

平磯灯標のかつての姿。「回顧七十年」(1952年、小野田セメント刊)より=太平洋セメント提供

太平洋セメント(旧小野田セメント)に問い合わせた。社史に詳しいOB、台信富寿さんらによると「確かに平磯灯標には同工場製セメントが使われた。ただ操業開始は83年。すでに約10年が経過し、製品第1号とは考えにくい」。

同時に「この灯標は日本で現存最古の水中コンクリート」と教えてくれた。海中にセメントを打つ工法は90年に下関海峡の灯標で日本で最初に用いられたが、すでに撤去されている。2番目が平磯灯標だそうだ。

■改修重ね123年

小野田セメントの社史に、建設に携わった当時の航路標識管理所長の回想が載っている。英国留学中に灯台工事に従事した経験を生かそうとしたが勝手が違い、昼夜兼行の難工事に。潜水士が水深約9メートルの岩を削って平らにし、堰板(せきいた)を立てモルタルを入れて土台を築いたという。

完成から123年。貴重な近代化遺産は1966年に太陽電池を設置、2003年に発光ダイオード(LED)化するなど改修を重ね、今も現役だ。かつて黒一色だった塗装は、国際ルールに従い黄と黒の鮮やかなツートンになったが「近くで見るとセメントが所々剥がれている。年代を感じます」と妙中さんは語る。

文 大阪・文化担当 竹内義治

写真 佐光恭明

《交通》平磯灯標が望める神戸市立平磯海づり公園は阪神・山陽電車の東垂水駅下車、南へ徒歩約3分。入園料200円。
《読書案内》記事に引用した「困ったときの友」を収録したサマセット・モーム短編集「コスモポリタンズ」(龍口直太郎訳)はちくま文庫から刊行。
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