「100年後」の視点 京都に脈々 華道家 池坊専好さん(私のかんさい)
地域同士 個性認め連携を

2017/1/5 6:00
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華道家元池坊の次期家元、池坊専好さん(51)は巡回講座や花展などで全国各地に出向いている。伝統文化を守り受け継いでいく上では、京都で生まれ育った利点を感じることが多いという。

 いけのぼう・せんこう 1965年、華道家元、池坊専永さんの長女として京都市に生まれる。89年次期家元に指名され得度。頂法寺(六角堂)の副住職も務める。長く本名・由紀で活動してきたが、2015年から法名・専好を名乗る。

いけのぼう・せんこう 1965年、華道家元、池坊専永さんの長女として京都市に生まれる。89年次期家元に指名され得度。頂法寺(六角堂)の副住職も務める。長く本名・由紀で活動してきたが、2015年から法名・専好を名乗る。

いけばなが文献に初めて登場したのは室町時代。今年で555年になる。若い時には自分の立場を窮屈に感じたり苦しいと思ったりした。でも、京都にいると、そんな境遇にいるのが自分だけではないと自覚するようになる。何百年も何代も続いているお店、伝統産業があり、伝統文化に関わる方がたくさんいる。

私も監修などに関わって昨年12月に封切られた映画「古都」にも、代々続く呉服店を継ぐかどうかで悩む女性が登場する。そんな葛藤は百年前にもきっとあったし、たぶん百年後にもある。京都にいると、長く続いてきた伝統を担う意味でも「私だけではない」という気持ちが強まってくる。

受け継いでいくという意識がある土壌は、長期で物事を見る、考えるという価値観を培ってきた。普通の人との会話で、百年後の人に評価される仕事をしたいという言葉が出てくる。私もバトンを受け取り、次代に渡すランナーの一人。長い付き合いでお互いを知っていることで信頼感や安心感が生まれている。

京都には、目に見えない規範、暗黙の了解、独特の美意識がある。大学入学で初めて京都を離れて東京で暮らしたが、振り返れば、京都を一回離れることが、京都を知り、自分を知るために必要だったと思う。

■24歳で次期家元に指名されて以降、いけばな作品の発表や講演、国内外での献華など多彩な活動を展開。京都経済同友会常任幹事や自治体の委員も務め、京都の今後について発言してきた。

1978年、池坊の花展に初めて出瓶(しゅっぺい)。見守るのは父の池坊専永さん

1978年、池坊の花展に初めて出瓶(しゅっぺい)。見守るのは父の池坊専永さん

東京は多くの人が集まる都市で、政治経済の中心。流動的な問題に局面、局面で対処していかねばならないから、物事を短期で見て実務的に考える。京都は東京に対抗する必要はない。

神社仏閣が多く、伝統工芸や芸術文化に携わる人が大勢いて、大都市なのに自然が豊かで四季を身近に感じられる。京都人にとって当たり前のことが他府県の方から羨ましがられる。他にない独自性が京都の強みだし、それをもっと際立たせる方向を目指すべきだ。

学問でいえば、人間とは何か、どう生きるべきかといった根源的な探究、基礎科学の研究に向いている。ただ、いけばなも時代に合わせて変えている部分がある。伝統を守るには常に革新しなければならない。

■東京オリンピックの文化プロジェクト、文化庁の京都移転にも行政の委員としてかかわってきた。

関西は各地域が皆、個性的で、京都、大阪、奈良、兵庫では気質も違う。多様性をお互いが認め合い、尊重しながら、一丸となるべき時には連携していくことが必要だ。文化庁の移転や2021年に開かれる関西ワールドマスターズゲームズがそういう課題になる。

多様性を生かすことはいけばなにも通じる。美しい花だけでなく、枯れ葉にも命の輝きを見いだし、生かすのがいけばな。様々な花材を取り合わせて作品にする。その際大切になるのは調和。関西も一つになった時に力を発揮してほしい。

文化プロジェクトは地域の埋もれた魅力を発掘し、発信していこうという事業だが、地元が気づいていない魅力ある文化資源が関西各地に存在している。文化庁の移転や東京五輪の文化事業が関西の魅力を引き出し、ポテンシャルを高めるきっかけになればいい。

(聞き手は 編集委員 堀田昇吾)

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