阪神大震災20年 神戸の慰霊銘板、貝原前知事ら新たに24人

2014/12/21付
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阪神大震災の犠牲者の名を刻んだ神戸市の慰霊碑に20日、新たに24人が加わり、遺族らが冥福を祈った。被災地で復興の陣頭指揮を執った当時の首長や仮設住宅での見回りなど災害看護に尽力した女性らゆかりの人々の名も銘板に並んだ。震災を知らない住民も増え、風化が懸念される中、被災地は来月、発生20年を迎える。関係者は「助け合った記憶をよび起こすスイッチとして銘板が貢献できれば」と願う。

「慰霊と復興のモニュメント」に故人の名を刻んだ銘板を貼り、手でなぞる遺族(20日、神戸市中央区)

「慰霊と復興のモニュメント」に故人の名を刻んだ銘板を貼り、手でなぞる遺族(20日、神戸市中央区)

大粒の雨が降る神戸市中央区の東遊園地。20日午後1時、一角にある「慰霊と復興のモニュメント」に銘板が追加され、遺族らが花を手向けた。

兵庫県三木市の二百寺栄吉さん(79)は母のしずさん(当時88)の名前を記した。震災でしずさんが入院していた神戸市灘区の病院が全壊。周辺の病院はどこも満員で、病院や老人ホームを転々とするなか、4カ月後に入院先で食事をのどに詰まらせて亡くなった。栄吉さんは「震災後の混乱で、最期も会えなかった。ようやく親孝行ができた」と話していた。

「お母ちゃん、ふるさとの神戸に帰ってきたよ」。西宮市の熊本清さん(64)は母、房子さん(当時74)の銘板に心の中で語りかけた。芦屋市の文化住宅で一人暮らしだった房子さんは家屋の下敷きになった。「神戸生まれなので、このモニュメントに名前を残してあげたかった」と話す。

「口数が少なく優しい母だった。この20年間、忘れた日はない」と振り返る清さん。「東京に住む3人の孫をここに連れてきて、震災を語り継いでいく」と決意した。

震災当時の兵庫県知事で、11月に交通事故で亡くなった貝原俊民さん(81)や9月に亡くなったNPO法人「阪神高齢者・障害者支援ネットワーク」(神戸市)理事長の黒田裕子さん(73)も掲示された。同NPO事務長の宇都幸子さん(70)は「犠牲者や遺族に思いを寄せてきたので、すごく喜んでいると思う」と穏やかな表情で話した。

慰霊と復興のモニュメント運営委員会の堀内正美委員長(64)は、貝原さんについて「地元の復興は地元でやるとの信念を貫いた人。自分たちのような民間団体などの声も根気よく聞いてくれた」と話す。市民から寄せられた「貢献をたたえて銘板に刻んでほしい」との声に応じたという。

黒田さんとも親交があった堀内さん。亡くなる直前の9月に見舞った際に「まだやらなければいけないことがある。悔しい」と話していた姿が忘れられないという。「遺族のケアに取り組む私たちの活動は、災害で傷ついた人と向き合う黒田さんの活動があって初めて車の両輪になった」

堀内さんは「『大丈夫か』と掛け合った声が20年たち、忘れられている。記憶をよび起こすことに銘板が役立てば」と話す。今回の24人を加え、名前が刻まれた人々は計4972人になった。

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