/

もっと関西 湖畔のお堂 源平の悲話 満月寺浮御堂(時の回廊)

大津市

琵琶湖に浮かぶ船とお堂、遠景には比良山がそびえ、空から雁(がん)の群れが舞い降りる――。詩歌や絵画、古典芸能などの舞台となってきた「近江八景」の一つ「堅田の落雁(らくがん)」。湖上の満月寺浮御堂(大津市)は詩的な情景を醸し出す。

起源は平安時代

おとせの浜付近から満月寺浮御堂を望む(大津市)

寺の起源は平安期。比叡山横川(よかわ)恵心院の僧、源信僧都(そうず)が湖上安全と衆生済度(しゅじょうさいど)を祈念して、自ら千体の阿弥陀像を刻んで奉納したのが始まりだ。戦乱や台風などでたびたび倒壊し、荒廃した時期もあったが、江戸期に京都・大徳寺の僧らによって復興された。桜町天皇より下賜された能舞台を使ったため、随所に御所風の意匠がみられたというが1934年の室戸台風で倒壊。現在は37年に再建されたものだ。

再建にあたり「景観をよりよくするため、全体をやや大きくし、湖岸から伸びる橋を長くするなど変更を加えたようだ」と住職の荒井義昌さん。堂内に納められた阿弥陀像は一部流出した分を新たに補充したほかは、江戸期からのものが残っているという。

境内や周辺には松尾芭蕉や高浜虚子らの句碑が立ち並び、歌川広重や葛飾北斎もこの地を訪れたという。浮御堂を望むポイントの1つが南側の静かな浜。「おとせの浜」と呼ばれ、公園にひっそりと石碑が立つ。

源平争乱の時代、おとせという女性の腕が流れ着いたという伝説のある場所だ。京都の源氏の屋敷に奉公していたおとせは、争乱の中で源氏の白旗を守って大津に逃れたが、琵琶湖で腕を切り落とされて亡くなったという。

源氏の白旗託す

文楽「源平布引滝」の九郎助住家の段では、流れ着いた小万の腕が物語の重要なカギになる

この逸話は国立文楽劇場(大阪市中央区)で今月、上演される人形浄瑠璃文楽「源平布引滝(ぬのびきのたき)」に取り入れられている。源氏の武将、木曽義仲の誕生を描く物語中、おとせをモデルにした「小万」が印象的な役割を果たす。

平家に討たれた木曽義賢(よしかた)から、我が子(のちの義仲)を身ごもる葵(あおい)御前に渡すようにと源氏の白旗を託された小万。琵琶湖を泳いで渡っていたところを追っ手に見つかり、白旗を奪われそうになる。居合わせた斎藤実盛が白旗をめぐって小万の腕を切り落とし、小万は息絶える。

腕は小万の息子、太郎吉が拾いあげる。大人がどれだけ力を尽くしても開かなかった指が、太郎吉が触れると難なく開き、握っていたのが源氏の白旗であることが明らかになる。一方、腕のない小万の遺骸が小万の育ての親、九郎助の家に運び込まれ、腕をつなぐと一瞬息を吹き返す。太郎吉は義仲の家来となり、のちの手塚太郎光盛となる。

エピソードは荒唐無稽なようだが、観劇していると物語に引き込まれてしまうから面白い。

当時もおとせの浜から浮御堂を望むことができたのだろうか。波の静かな湖畔からは想像しがたいが、腕が流れ着いた際、浜の石が血で染まったとの言い伝えも残っている。

文 大阪・文化担当 小国由美子

写真 大岡敦

 《交通・ガイド》おとせの浜はJR湖西線堅田駅から江若交通の町内循環バスに乗り「堅田出町」下車、徒歩5分。満月寺観音堂の聖観音座像は平安時代の作で国の重要文化財に指定されている。拝観時間は午前8時~午後5時、拝観料300円。

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン