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情熱の薬草園 300年健在 森野旧薬園(時の回廊)

奈良県宇陀市

文化庁の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている奈良県宇陀市の大宇陀地区。江戸時代から残る古い町並みの一角に室町時代創業の森野吉野葛本舗がある。その裏山が現存する最古の民営薬草園「森野旧薬園」だ。

明治以降に消滅

江戸期、漢方薬研究や製造のため各地に薬草園があった。しかし「明治以降の西洋医学の普及で漢方医学が衰退し、民間薬草園の多くは消滅した。幕府から譲り受けた薬草の栽培を今も続ける旧薬園は貴重な存在」と大阪大総合学術博物館資料基礎研究系の高橋京子准教授(60)は話す。

「桃岳庵」がたたずむ旧薬園に、貧血に効くとされるヒレハリソウが咲く

森野家19代当主の妻で旧薬園の管理を担う●子(●はよつてんに壽、てるこ)さん(75)によると、森野家は16世紀半ばに現在の奈良県下市町で葛粉の製造を始め、1610年代に良質の葛を求めて宇陀に移った。旧薬園は1729年に当主の藤助が設けた。その後、当主は代々藤助を襲名し、旧薬園を300年近く維持してきた。森野家には「男子が生まれたら園を維持、管理できるような体力を養わせるように、と書かれた家訓がある」という。

なぜ藤助は旧薬園を造ったのか。「大和地方は鎌倉期から地域の薬草を使った漢方薬が製造されるほど薬草に恵まれていた」と製薬業の歴史に詳しい武知京三・近畿大名誉教授(75)は話す。中でも宇陀は古代から産地として知られていたようで、日本書紀には推古天皇が611年に薬草摘みをしたとの記述がある。

幕府から苗や種

こうした環境のせいか、藤助は若いころから植物好きで、独学で薬草を研究していた。転機になったのが徳川吉宗の時代に、幕府の採薬使として大和を訪れた植村左平次との出会い。植村は見習いの一人に藤助を選び、その知識を評価し採薬調査に何度も同行させた。藤助の功績に対し、幕府は貴重な外国産の薬草の苗や種を与え、それを植えたのが旧薬園の始まりだ。

森野藤助が完成させた「松山本草」の複製(奈良県宇陀市)

幕府が薬草を与えたのには、栽培方法を研究させる目的もあった。高橋准教授によると、幕府は薬草の大部分を輸入に頼り、財政の重しになっていた。疫病の流行も需要に拍車をかけるなか、吉宗は薬草の国内栽培に乗り出し、採薬使を全国に派遣した。藤助は書簡のやり取りだけでなく江戸まで赴き、学者と栽培技術について意見交換した。

60歳で隠居した後、旧薬園内に離れの桃岳庵(あん)を設けて研究に没頭、約1千種の薬草や昆虫などを掲載した図鑑「松山本草」(全10巻)をまとめる。オールカラーの図鑑としては草分け的存在で、今も森野家に保管されている。こうした情熱は子孫にも受け継がれ、5代目の藤助は薬草の標本集「草木葉譜」を残した。

園内の坂を登っていくと、薬草に関する古文書などを保管する土蔵造りの宝物庫がある。1930年に寄付を元手に建てられ、内部の壁には寄付者の名前が掲示されている。ツムラ創業者の津村重舎、藤沢薬品工業(現アステラス製薬)の藤沢友吉、武田薬品工業の武田長兵衛――。製薬業界の重鎮たちが旧薬園の重要性を認識し、支えようとしていたことがうかがえる。

文 奈良支局長 松田隆

写真 浦田晃之介

サッカーボールをヘディングする3本脚のカラスの像がある八咫烏神社(奈良県宇陀市)

〈より道〉 サッカーでおなじみ八咫烏森野旧薬園の北東約4キロ。宇陀市榛原高塚地区に八咫烏(やたがらす)神社がある。「続日本紀」には文武天皇時代の705年に「大倭国宇太郡に八咫烏社を祭る」との記述があり、これが同神社の始まりとされている。

古事記では神武天皇が日向(宮崎県)から大和(奈良県)へ東征する際、熊野の山中で迷い、八咫烏が現れて大和へ導いたとされる。八咫烏は同神社の祭神である建角身命(たけつぬみのみこと)の化身といわれる。

 森野旧薬園は近鉄大阪線榛原駅から大宇陀行きバスに乗り大宇陀下車、徒歩4分。

こうした言い伝えのため八咫烏神社は軍神として信仰を集め、中でも後醍醐天皇は同神社を厚く信仰し神社は繁栄したが、南朝の凋落(ちょうらく)と戦禍によって衰退。江戸時代には廃絶寸前に陥ったという。

八咫烏は日本サッカー協会のシンボルマークや日本代表のエンブレムに採用されており、サッカーファンにはなじみ深い。神社の境内の一角には、奉納されたユーモラスな八咫烏の像がある。

同協会は1931年にマークに八咫烏を採用。パンフレットは八咫烏を「神武東征の際に道案内をした」と紹介しており、ボールをゴールに導いてほしいとの願いが込められているようだ。

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