2018年12月10日(月)

コーヒー香る宇宙船 喫茶店「マヅラ」(未来への百景)
大阪市

2015/4/21付
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アポロ12号が持ち帰った「月の石」に人々が熱狂した大阪万博と同じ、1970年に完成した大阪駅前第1ビルの地下。月のクレーターのような穴がある群青色の天井、鏡に反射して未来都市を思わせる壁の透かし模様……。喫茶店「マヅラ」に一歩足を踏み入れれば、まるで万博のパビリオンにいるかのような不思議な感覚に襲われる。

宇宙船のような店内のあちこちに配された鏡に、マスターら親子3代が映る(大阪市北区のマヅラ)

宇宙船のような店内のあちこちに配された鏡に、マスターら親子3代が映る(大阪市北区のマヅラ)

4つの駅前ビルが立つJR大阪駅南側は戦後、バラック(仮設小屋)が立ち並ぶ巨大な闇市だった。マヅラのオーナー、劉盛森さん(94)がその一角で15坪の名曲喫茶を開いたのは終戦から2年後の47年。店外に漏れ聞こえるウインナ・ワルツにひかれ、復員軍人らが集った。

都市の近代化を進める大阪市は61年、当時の日本では例をみない大規模な市街地改造事業に乗り出す。闇市の店舗の一部は市が新設した駅前ビルに収容され、マヅラは100坪の広さに。ビルが完成するまでの1年間、劉さんが悩み抜いたのが内装だ。

時は高度成長の絶頂期。家庭で音楽を楽しむ人も増え、「名曲喫茶では、はやらんな」と感じた。額に汗して商都を行き交うビジネスマンが求めるものとはなんだろう。思案していると、旧ソ連のユーリ・ガガーリン飛行士が宇宙から見た地球の群青色に思い至る。「天井を見上げれば、気持ちが安らぐはずや」。思いやりと商売人の勘が重なった。

「青かった」天井の色は45年を経てやや黒ずむが、星のように淡い光を放つ電灯や全面鏡の柱は健在。「SF映画の宇宙船のよう」(高岡伸一・大阪市立大特任講師)と専門家からも評価され、昨年8月、魅力ある建物を市が発信する「生きた建築ミュージアム」の50件のなかに選ばれた。

35年前から共に働く長男・畑光雄さん(57)に加わり、「マスター(劉さん)が転ばないよう見守りたい」と話す孫の畑宗一郎さん(28)も6年前から店に立つ。親子3代で切り盛りする宇宙船には、ひととき日常から離れたい客が1日約600人訪れる。噂を聞きつけたのか、最近は外国人も目立ち始めた。

東京五輪・パラリンピックが開催される2020年、劉さんは100歳を迎える。「大阪にも海外からたくさん人が来るやろう。それまで生きてたら1日限定でコーヒーを無料にしよかな」。客席の合間を機敏に動く老翁に、背中を押された心地で店を出た。

文 村岡貴人

写真 尾城徹雄

<取材手帳から> マヅラという店名はインドネシアのマドゥラ島が由来だ。学生時代に旅行で訪れた劉さんが海辺でギターを弾いていると、現地の美しい女性が傍らで聞いてくれた。「いつか店を開いたら、この島の名前を屋号にする」と交わした約束を守ったのだという。コーヒー1杯250円という価格は十数年前から変わらない。
 同じ地下1階にあるバー「キングオブキングス」も劉さんの経営で、三女の由紀さん(64)が迎えてくれる。こちらは宇宙旅行をイメージしたという巨大なステンドグラスが特徴だ。設計した1級建築士の沼田修一さん(73)は「僕の青春時代の作品」と振り返った。

<カメラマン余話> どこを撮ろうかと店内をさまよううち目に飛び込んできたのは、接客する店員の「分身」。あちこちに配された大きな鏡の反射でできたものだ。ノスタルジックで宇宙的な空間は、遊園地のミラーハウスの要素も兼ね備えていたのだった。

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