2019年2月19日(火)

惣村の誇り湖畔に鎮座 奥琵琶湖の菅浦集落(時の回廊)
滋賀県長浜市

2015/8/21 6:00
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奥琵琶湖の隠れ里、菅浦(すがうら)集落(滋賀県長浜市)は山裾と湖水にはさまれた狭い平地にある。中世の惣村(そうそん)の特徴を今も残す貴重な風景が昨年、国の重要文化的景観に選ばれた。村掟(おきて)や年貢の催促状など「菅浦文書(もんじょ)」と呼ばれる豊富な史料も現存。自治を守る知恵と教訓を子孫に残した。

■東西に四足門

惣村は中世に発達した農村の自治組織で、領主への年貢を自らまとめて納めた。菅浦では20人の乙名(おとな)(指導層)を中心に約100戸あり、漁業や舟運などで生活を支えた。

集落の東側の入り口に残る四足門

集落の東側の入り口に残る四足門

菅浦で惣村の姿を印象付けるのは集落の東西にある2つの四足門(しそくもん)だ。高さ3.8メートル、棟の長さ3.5メートルの茅葺(かやぶ)き屋根を持つ。史料から15~16世紀には4つの門があったことが分かっているが、現存する2基は江戸後期以降に建てられたとみられる。門扉はなく、集落の領域を示す役割を果たした。湖の波浪から家屋を守る石垣も湖岸に並ぶ。

菅浦は鎌倉後期の1295年から160年間、集落から2キロ離れた2つの耕作地の帰属を巡って隣村の大浦庄(おおうらのしょう)と争った。「日指(ひさし)」と「諸河(もろかわ)」という2カ所の田地の面積は合わせて16町(ちょう)7段(たん)(約17ヘクタール)だが、中世の検注帳には4町半(約5ヘクタール)しか登録されていない。ほとんどが年貢を逃れる隠田(おんでん)だった。

琵琶湖と山にはさまれた菅浦集落

琵琶湖と山にはさまれた菅浦集落

室町時代の標準的なコメの収穫量は1段で1石とされ、2つの田地からは170石(約25トン)近いコメがとれた可能性がある。集落内にわずかな田地しかない菅浦にとって重要な場所だった。

室町中期の「菅浦惣庄合戦注記」は応仁の乱の約20年前に当たる1445~46年に起きた「文安の相論」と呼ばれる紛争を描く。大浦との間で周辺の村々を巻き込んで双方に死者が出る衝突が発生。2村はともに領主である公家、日野家に訴え出た。菅浦側が延暦寺などから、大浦側は相国寺(しょうこくじ)を通じて働きかけ、耕作権を証明する証文をそろえた菅浦側が勝訴した。

■地位確保の証文

2年にわたる闘いと法廷工作では「乙名たちが指導力を発揮した。菅浦の村人の結びつきは強固になり、惣村の機能が整備された」と長浜城歴史博物館の太田浩司館長は指摘する。高い自治性を備えたうえで「自らの権利を守ってくれる領主を選んでいたと示す史料もある」という。

 JR湖西線の永原駅から湖国バスで約20分。

JR湖西線の永原駅から湖国バスで約20分。

江戸時代の村落の文書は多いが、中世のものが残るのは珍しい。滋賀大学の青柳周一教授は「大浦庄の一部という立場から独立し、惣村として自治を展開するため、自分たちの権利を守る証拠となる文書に残さなければならなかった。保存するための体制も整っていた」と説明する。

ただ菅浦も、戦国大名の浅井(あざい)氏の介入を受けた後、徐々に自治を失っていく。江戸時代には膳所(ぜぜ)藩の飛び地として、幕藩体制に組み込まれ、惣村の歴史に幕を降ろした。

日指と諸河には今も水田が広がる。深い入り江がさらに湾入する岸辺だった。のどかな風景からは激しい紛争の痕跡は感じられない。湖面が夕日にきらめき、さざ波がしわのように影をつくった。

文 シニア・エディター

木下修臣

写真 浦田晃之介

<より道> 境界示す絵図 今秋公開

菅浦にある須賀神社には、奈良時代に恵美押勝(えみのおしかつ)の乱で廃帝とされた淳仁(じゅんにん)天皇が祭神として祭られている。「菅浦文書」は同神社の所有で、滋賀大学経済学部付属史料館(滋賀県彦根市)に寄託している。

集落の西側にある須賀神社

集落の西側にある須賀神社

文書は平安後期から中世までの1261点で、重要文化財に指定されている。滋賀大などの研究グループは2012年度から、過去に活字化した文書の再点検と近世以降の目録づくりに取り組んでいる。近世からの文書は「菅浦共有文書」として1057点を整理した。

同史料館は10月13日~11月20日に特別展「菅浦文書を読み解く」を開き、文書を展示する。暦応年間(1338~42年)に描かれ、朱色の線で菅浦と大浦の境界を示した「菅浦与(と)大浦下庄堺絵図」も公開する。原則として土・日と祝日は休館するが、10月31日の土曜は開館し、長浜城歴史博物館の太田浩司館長の講演やシンポジウムを行う。

重要文化的景観の指定を受けて、地元住民らは「菅浦『惣村』の会」を立ち上げた。観光客向けに集落内を1時間半ほど説明して回る。代表の島田均さんは「これまで100人以上を案内した」という。

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