2018年6月22日(金)

神を宿す未完の石造物 生石神社「石の宝殿」(時の回廊)
兵庫県高砂市

2014/12/19 6:30
保存
共有
印刷
その他

 兵庫県高砂市にある岩山、宝殿(ほうでん)山の中腹に一風変わった神社がある。その名も生石(おうしこ)神社。「日本三奇」の1つとされる謎の巨岩を祭っている。

裏山に登ると、岩盤を掘り込んで造形された状況が一目瞭然(兵庫県高砂市)

裏山に登ると、岩盤を掘り込んで造形された状況が一目瞭然(兵庫県高砂市)

 中央に通路を設けた珍しい構造の本殿を通り抜けると、目の前に石の壁がそびえる。ご神体「石の宝殿」だ。

 岩盤を掘り込んで造られた一辺6メートル前後の巨大な直方体で、側面にベルト状の凹(くぼ)みが縦に走り、背面に屋根形の突起が付く不思議な形をしている。「手を触れてもいいですよ。本当のご神体は石の芯にあり、直接さわる訳ではないので」と東久祠宮司は話す。

 この巨岩の記録は古く、播磨国風土記(8世紀)に「大石」の名で登場する。「宝殿」の呼び名は江戸時代から。観光名所となってにぎわったといい、シーボルトも訪れてスケッチを残している。

生石神社に伝わるご神体「石の宝殿」。背面に屋根形の突起がある(兵庫県高砂市)

生石神社に伝わるご神体「石の宝殿」。背面に屋根形の突起がある(兵庫県高砂市)

■40以上の由来説

 いつ誰が、なぜ造ったのか。「神話も含め40以上の見解があり、はっきりしない」。市教育委員会文化財係の清水一文さんが教えてくれた。諸説をまとめると「今の姿は横倒しにして造形の途中で、最終的には底部に走る節理を利用して岩盤から切り離し、社殿に向いている面を底にして引き起こす計画だった。だが何かの事情で未完成に終わった」との見方が強いという。

 考古学者の間で有力なのは「7世紀ごろの家形石棺または石槨(せっかく)では」との説だ。この一帯、竜山(たつやま)地区は凝灰岩「竜山石」の産地で、古墳時代には盛んに家形石棺が造られて各地に搬出された。「宝殿と竜山石の石棺は、サイズは違うがデザインに共通性がある」と兵庫県まちづくり技術センター埋蔵文化財調査部の岸本一宏さんは指摘する。

JR宝殿駅から徒歩約20分。

JR宝殿駅から徒歩約20分。

 岸本さんは奈良県橿原市にある謎の巨岩「益田岩船(ますだのいわふね)」に注目する。近くに斉明天皇と間人皇女(はしひとのひめみこ)の合葬墓との説が有力な牽牛子塚(けんごしづか)古墳(明日香村)があり、岩船には四角い穴が2つ並んで開いている。「同古墳用に造りかけた石槨の未完成品では」との説が出ているこの岩船に、宝殿と同じベルト状の凹みがあるのだ。

 牽牛子塚古墳の実際の石槨は、大阪と奈良の府県境にある二上山(にじょうざん)の凝灰岩製。「宝殿、岩船、二上山で石槨を競作して二上山のものが採用され、残り2つは途中で放棄された」と岸本さんは唱える。

■ご神体は推定465トン

 ただ宝殿は推定465トンもある。当時、数十トン程度の石なら運搬していたが、とても運べそうにない。岸本さんも「完成後に分割するつもりだった可能性もあるが。まだまだ謎は多い」と首をひねる。

 科学のメスを入れる試みも続く。2005~06年、大手前大学が3次元測量を実施し、08年には日本文化財探査学会が地中レーダーや超音波を使い、内部構造と石の劣化状態を探った。「木が茂っている上面に、岩船のように穴があるのでは」との見方があったが、確認できなかった。

 神社の伝承では、大穴牟遅(おおあなむち)と少毘古那(すくなひこな)の2神が神殿を造営しようとしたが、賊神の妨害で未完成になったとされる。東宮司は「石棺や石槨ではなく、やはり神殿として造られたもの。色々調べても分かる訳はない」とほほ笑む。

文 編集委員 竹内義治

写真 玉井良幸

〈より道〉 今も現役の採石場

 生石神社周辺の竜山地区は今も現役の採石場だ。ここで産する竜山石は古来、石棺以外に礎石や石垣、石仏や石塔など建築や造園に幅広く使われてきた。

天保年間、姫路藩家老の命で刻まれた「観涛処」(兵庫県高砂市)

天保年間、姫路藩家老の命で刻まれた「観涛処」(兵庫県高砂市)

 採石場跡は全山に及び、160カ所を超える。このうち江戸時代以前の31カ所が「採石技術や石の流通の変遷を知るうえで重要」として10月、石の宝殿や生石神社などとともに国史跡に指定された。

 その中に1カ所、毛色の変わった採石場跡がある。瀬戸内海を遠望できる頂の近くにある「観涛処(かんとうしょ)」だ。岩盤を削って幅11メートル、高さ4.2メートルの垂直面を形成し、1.5メートル前後の大きさで「観」「涛」「處」の3文字を刻んである。

 姫路藩家老が天保7年(1836年)、観光地整備の一環として造らせた。見事な細工に、当時の高度な技術を知ることができる。

 生石神社の参詣道口の近くに観涛処へ続く小道を示す石標があり、山中に点在する採石場跡をたどって至れる。ただ断崖の間際を歩く所もあり、注意が必要だ。高砂市教育委員会の清水一文さんは「南麓の加茂神社にある登山口から登った方が安全」と話す。

保存
共有
印刷
その他

関連キーワード



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報