D・ボウイが涙した静寂(時の回廊) - 日本経済新聞
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D・ボウイが涙した静寂(時の回廊)

正伝寺の枯れ山水庭園 京都市

1月に死去した英ロック歌手のデビッド・ボウイさん(享年69)がたたずみ、涙を浮かべた寺が京都市北区の西賀茂にある。比叡山を借景にした枯れ山水庭園が美しい禅寺の正伝寺(しょうでんじ)だ。

焼酎のCM撮影

ボウイさんは1979年12月、テレビCMの撮影で京都を訪れた。起用したのは宝酒造。中高年の男性の大衆酒というイメージの焼酎を女性や若者に浸透させようとした。大の日本好きで美的感覚の豊かなボウイさんに社運を託したのだ。

「撮影場所は他の寺院を考えたが、京都通のボウイさんが指定したのは正伝寺だった」。当時の宣伝部次長で、後に同社会長を経て京都市副市長を務めた細見吉郎さん(79)は話す。

鎌倉時代創建の臨済宗の正伝寺は、境内に別坊が6つある大寺院だった。だが明治初期の仏教排斥運動で別坊は全て消滅した。現在の正伝寺は昭和中期に開発されたゴルフ場に囲まれ、森の中にひっそりと立つ。

細見さんは学生時代から25年間京都で暮らしていたが、この寺の存在は知らなかった。撮影に同行し「ボウイさんが正伝寺を指定した理由が分かった」。整然とした枯れ山水庭園やその先にそびえる比叡山の眺めに感動した。訪れる観光客は少なく、静寂に包まれていることも好印象だった。

「撮影中にボウイさんは庭園を見つめ、涙を浮かべていた」と細見さんは振り返る。「景観に感動したのか、何か悲しい思いをしたのかは聞けなかった。繊細で純粋な人だった」と記憶をたどる。

ボウイさんは「クリスタル・ジャパン」という曲をCMのために作った。自身が奏でるシンセサイザーの旋律や「純ロック・ジャパン」の宣伝文句の効果は大きかった。宝焼酎「純」の販売数量は80年からの5年間で11倍に増えた。

谷村新司さんも

正伝寺は音楽界の巨星を引き寄せる磁力を持つようだ。シンガーソングライターの谷村新司さん(67)も「自分と向き合う時間が持てる」と敬愛を示す。

始まりは中学生だった60年代前半。京都好きの3歳年上の姉に「とてもいいお寺を見つけたよ!」と教わった。1人で大阪の自宅から地図を片手に電車とバスを乗り継いで行ってみた。里山の風情があり「山門にたどりついたときの感激は今も覚えている」という。

高校・大学時代から今に至るまで「数えきれないくらい通っている」と谷村さんは語る。「冬の静けさは格別で、本堂の縁側に座っているだけで時間を忘れ、心が静かになっていくのを感じることができる」

庭園は江戸初期に造られ、サツキの刈り込みと白砂の景観は昭和初期に完成。重文の本堂も江戸初期の建築で、伏見城(京都市伏見区)の遺構が移された。襖絵(ふすまえ)は狩野山楽の作。中国・杭州の西湖(せいこ)の景色を描いている。住職の山崎伝宗(でんしゅう)さん(67)は「比叡山を借景にした枯れ山水の庭園は趣がある。参拝者にわび・さびの禅の精神文化を感じてもらえれば」と話している。

文 京都支局長 岩田敏則

写真 尾城徹雄

 《交通・参拝》JR京都駅などから京都市バスで「神光院前」下車、徒歩約15分。参拝料は大人・高校生400円、中学生300円。
 《ゆかりの曲》谷村新司さんは正伝寺への旅の途中で浮かんだ詩を曲にした。1986年に発表した悲恋の歌「祇園祭」だ。「嵯峨野から北山の一帯をイメージしているが、根底には正伝寺での体験が流れている」という。

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