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幻の湾岸万博 構想再び 大阪港 街づくりの夢(1)
軌跡

2016/11/15 6:00
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 大阪は水運で発展してきた街だ。豊臣秀吉の時代から堀の開削と街づくりを一体化してきた。江戸時代は川の開削やしゅんせつで航路を作り、全国の物資の集散地となる一方、埋め立てによる新田開発も進めた。明治以降は貿易港と工業振興、コンテナ船やフェリーの大型化に対応した港と先端都市の形成、にぎわい創出といった目標を掲げ、施設を作ってきた。来年開港150年を迎える大阪港の整備と周辺の街づくりには、大阪の夢と挫折が投影されている。

 今ではほとんど忘れ去られた構想がある。1970年の万博を大阪南港の埋め立て地(現在の咲洲)で開催する案だ。58年に始まった南港の埋め立て事業は当初、臨海工業用地の造成を目的にしていた。国策会社と呼ばれたアラビア石油が大規模な石油精製コンビナートを整備する計画があったが、石油政策の見直しで頓挫。万博用地として活用する案が浮上したのだ。

 当時の市議会の質疑や公文書館に残された資料を見ると、南港埋め立て地が最後まで候補地になっていたことが分かる。64年7月には市側が「南港が会場となる場合は市議会に前もって相談する」と答弁。8月には万博を所管する通産相がヘリコプターで南港と千里丘陵を空から視察し、9月には万博大阪誘致委員長を務めた小田原大造大阪商工会議所会頭らが南港埋め立て地を視察に訪れている。

2025年の万博会場に想定される夢洲(手前)

2025年の万博会場に想定される夢洲(手前)

 結局、同年10月に左藤義詮大阪府知事、中馬馨大阪市長、小田原会頭のトップ会談で大阪の候補地を千里丘陵にすることが決まった。当時大商で万博に関わった三島祥宏さんは「東京や千葉、横浜も誘致に動いていたので、大阪は一本化する必要があった」と振り返る。左藤氏は後に、中馬市長が南港を主張し続けたら開催地は外国になったかもしれない、と記している。

 万博開催が消えた咲洲は67年、大規模工業の立地を想定した計画が、物流や商業を振興する港湾機能と住宅も含めた都市機能の整備を目指す複合的な計画に変えられ、街づくりが進んだ。2025年の万博がもし夢洲で開かれたら、60年の時を超えて夢が実現することになる。

 編集委員 堀田昇吾が担当します。

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