城下から安心注ぐ 大手前配水池(未来への百景)
大阪市

2014/12/16 6:30
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大阪城天守閣から東側を見下ろすと、木々に囲まれた芝生広場のような空間が目に入る。来年、完成から120年を迎える上水道施設「大手前配水池」だ。明治生まれの近代的水道は今なお健在。淀川から取水した飲み水を電力を使わない自然放流やポンプで周辺地域に供給している。

大阪城天守閣に隣接する大手前配水池。サッカー場のような広い芝生に水槽が埋まっている

大阪城天守閣に隣接する大手前配水池。サッカー場のような広い芝生に水槽が埋まっている

天守閣に近い小高い丘の地下にはコンクリート製の巨大貯水槽(縦30メートル、横60メートル、深さ7メートル)が3つ埋まっている。有効貯水量は計3万3700立方メートル。1日の配水量は大阪市内全体の3%を占める。

近代的水道として全国4番目、大阪では初となる配水池が造られたのは1895年。管理する大阪市水道局柴島(くにじま)浄水場=東淀川区=の木村太一さん(49)は「基本的な仕組みは当時のまま。内部の設備も更新しながら使い続けています」と話す。

「水の都」と呼ばれる大阪。水路に囲まれ、恵まれた環境との印象が強いが、安全な飲み水の確保には長年、苦労してきた。大阪城のある上町台地を除く大阪平野の大部分が、かつては海だった。その後海面が陸化して沖積平野となったため、井戸を掘っても飲料に適した水はほとんど出ない。飲み水をくむ川に下水も流したため、明治期まではコレラや赤痢などの感染症が発生し、人々を苦しめた。

急務だった上水道の整備を進めるうえで、拠点として白羽の矢が立ったのが、大阪市内でも標高が高い大阪城周辺。市は、建設当時の年間予算の3倍という約250万円を投じて巨大な水甕(みずがめ)となる配水池を造った。

現在約3万6千世帯に水を供給する貯水槽は1937年に造られたものがベースになっている。地震計が備え付けられているのが特徴の一つ。配水池のある大阪城公園は府内で最大規模の災害時広域避難場所に指定され、給水拠点としての役割を担うためだ。

広島市水道局に勤務経験のある近畿大理工学部社会環境工学科の嶋津治希准教授(上下水道工学)は「自然流下方式は加圧式に比べ維持費が安く、災害で停電しても送水できる。山が少ない大阪市では貴重な存在だ」と指摘する。

大阪市水道局は週1回のペースで巡視点検するほか、10年に1度は運用を休止し、補修や大規模な清掃を欠かさない。

歴史の中で培われた存在感と、日々のメンテナンスで裏打ちされた安心感が「水の都」の暮らしを支えている。

文 藤井将太

写真 浦田晃之介

取材手帳から> 危機管理の厳重な大手前配水池は有刺鉄線で囲まれている。貯水槽を見学するコースもなく、飲料水を直接見ることはできない。
 同配水池を基点に飲料水が各家庭に送られるが、同配水池に届く前はもちろん、水道管に流す途中でも複数のチェックポイントを設けて水を出し、品質を管理している。
 近代的水道の導入から1世紀を超えた大阪市、水道料金は都市の中で最低水準で、高度浄水処理技術も導入している。昨年までに61カ国から274人が訪れ、浄水処理や送水技術に関する研修も受けている。コップに注がれた水の重みはいつの時代も変わらない。

カメラマン余話> 国内外の観光客でにぎわう天守閣そばの一等地ながら、固く閉ざされ人影のない一画がある。鉄柵が隔てる小高い丘に許可を得て入り、小型無人ヘリを飛ばした。天守閣の屋根より少し上がったところで、うっそうとした木に囲まれた広い芝生が全貌を現した。
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