クシュナー米大統領上級顧問の書面証言要旨(詳報)

2017/7/25 11:16
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私は、トランプの大統領選挙と政権移行時における私の役割を明らかにするため、この声明を自主的に提供する。

■選挙キャンペーンにおける役割について

従来、私の経験はビジネスにあり政治ではない。義理の父トランプが大統領に立候補すると決めた際も、選挙活動で大きな役割を担うつもりはなかった。しかし、選挙活動が進み、様々な仕事のサポートを求められるようになり、私の責任も広がっていった。最終的には資金・スケジュール管理、広報、スピーチの作成などを担当し、外国政府との連絡窓口も務めるようになった。

■キャンペーンでの外国人との接触

トランプが共和党の大統領指名候補になることが明らかになった際、多くの外国政府関係者が選挙チームに接触してきた。トランプは私に外国政府の連絡窓口になるよう頼んだ。選挙期間中に約15カ国から接触があった。全体では、面談を希望する数千件の電話、手紙、Eメールを受け取っていた。そのうち、数百件以上は国外からのものだった。

この過程で、どの国や代表者と関係を持つかなどの判断について、ヘンリー・キッシンジャー氏など経験のある人々に意見を求めた。選挙中は一日200通以上のEメールを受け取ることが日常で、全てのEメール、特に知らない人からの長いメールや、後から宛先に追加されたメールを読むのは不可能だった。

選挙中、ロシアとの接触はほぼなかった。記憶する最初の接触は、2016年4月、ワシントンDCのメイフラワーホテルでトランプが外交政策に関する重要なスピーチを行った時だ。私はイベントの進行を確認するためにホテルに立ち寄り、レセプションに参加した。その際、開催者のディミトリ・サイムス氏にゲストを紹介され、その中にロシア駐米大使のセルゲイ・キスリャク氏もいた。他の大使とともに挨拶を交わした。それぞれの会話は1分に満たない。

ロイター通信は、2016年4月から11月の間に、私がキスリャク大使と2回電話をしたと報道した。私はこの期間に数千の電話をしたが、同大使との通話は記憶にない。これらの通話が起きたかどうか非常に疑わしい。

私は、選挙前キスリャク大使との関係はなかったし、選挙翌日、彼の名前すら覚えていなかった。プーチン大統領から祝辞のメールを受け取った際に、メールの正当性をどうやって確認すべきか聞かれた。私は、数カ月前にあったロシア大使を思いつき、サイムス氏にEメールを送り、ロシア大使の名前を聞いたくらいだ。

選挙期間中に会ったロシア人がもう1人だけいる。ただ、この会合のことは(ロシアゲート問題が浮上し)議会から情報提供の要請を受けるまで私は忘れていた。16年6月9日、トランプ氏の長男ドナルド・トランプ・ジュニア氏から午後3時の会合に立ち寄る時間があるか聞かれた。その後、ジュニア氏は会合の時間が午後4時になったと電子メールを送ってきた。

会合には少し遅れて参加した。後にロシア人(女性)弁護士の通称で知られるようになる人物が、ロシア人の子どもの養子縁組を米国が禁止している問題について話していた。私にはこの問題が話し合われている意味が分からず、時間のムダだと感じた。10分ほどたったころ、アシスタントに『私の携帯に電話してくれ。中座する言い訳が必要だ』と電子メールを出した。私が出席した範囲では、選挙に関わる内容や(機密)情報提供の提案や受理などは話題に上らなかった。

■政権移行準備期間の外国関係者との接触

政権移行準備期間に入ると、選挙期間中にも増して(他人からの)接触が激しくなった。(トランプ氏の当選が決まった)投票日夜から驚くほどの数の面会依頼や招待状が国内外から届くようになった。15カ国以上の人たちと合計50回以上接触したと記憶している。うち2回はロシア人だった。どちらも、私から働きかけた訳ではない。

16年11月16日、アシスタントが駐米ロシア大使からの面会依頼を受け取った。すでに指摘したように(議会から情報提供の要請を受けるまで)私はこの大使の名前すら覚えていなかった。会合は12月1日に政権移行チームの事務所が置かれていたトランプタワーで行われた。会合時間は20~30分程度だった。

大使は(トランプ)新政権の役に立つ『(ロシア)軍幹部』からの情報を提供したいといった。情報漏れの心配のない通信回線はないのかと聞いてきた。フリン氏か私が(そうした回線は)ないと答えた。私はロシア大使館にある既存の回線利用を提案したが、大使が無理だというので、この情報を(トランプ側が)受け取るのは大統領就任式以降になるということで合意した。私は『秘密の通信回線』の設置を提案していない。

この会合から1週間が過ぎたころ、ロシア大使館から大使との面会を何度か打診されたが、私は断った。しかし、アシスタントでもいいので会いたいといってきたので、12月12日、アシスタントが大使に面会した。アシスタントを通じて、大使は私に銀行家で(プーチン)大統領と親しいセルゲイ・ゴルコフ氏と面会するように要求してきた。12月13日に面会した。

ゴルコフ氏との面会は20分間ほどだ。ゴルコフ氏は自分の銀行のことを少し話し、ロシア経済についても言及した。

キスリャク大使との面会と同様に、これまで会ったどの外国政府関係者とも私は同じ対応をした。特定の政治的議題は議論されていない。オバマ政権が設定した制裁についても議論はなかった。また、私の会社について、特定の事業について、不動産案件、融資、銀行との取引などいかなる私的ビジネスについての話もまったくなかった。

■私の個人情報証明書に記載した関係者の情報

(政府に提出する個人情報の証明書の定型書式)SF-86について誤った情報が多く出回っている。私が弁護士とともに説明したように、私の提出したSF-86は、不完全なままに提出されてしまった。

大統領就任式直前の週に、自分の会社との関わりを止める手続きや家族とともにワシントンに引っ越す準備、資産の売却、社外の組織の役職からの辞任、個人・金融情報の書類記入などの一連の手続きの中で、ニューヨークの私の事務所の従業員が必要な情報を入手し、それを整理し、見直し、電子書式に入力する手助けをしてくれた。

それをワシントンの私のアシスタントが受け取り、変更箇所を完了したとの連絡をもらった。それをアシスタントはすべての書類の記入が完了したと誤解してしまった。その時点で書類はまだざっとした下書きの段階で、抜けている部分も多かった。意思疎通の不完全さから私のアシスタントは下書きの書類を2017年1月18日に提出してしまった。

その夜、書類が不完全なまま提出されてしまったことに気がついた我々は、大統領政権移行チームに書類の内容修正と追加の書類が必要だということを知らせた。

追加情報では、私は「複数の外国政府関係者」とのつながりがあり、それらすべての名前を列記するために過去の記録をさかのぼって調べていたと表明した。

メディアの中には、私の提出書類にはロシアの関係者の名前だけ記載を怠ったという報道もあったが、それは事実ではない。最初に誤って不完全な書類を提出した際には「すべての」外国政府関係者の名前の記載を忘れていた。

これまで提出した記録や書類が示すように、私はおそらくロシア政府関係者4人と会ったと思うが、選挙戦や政権移行期に接触した何千人もの人々の中でもこれら4人が大統領選挙に何らかの影響を与えたということはまったくないし、とくに記憶に残るということでもない。

私は外国政府関係者と共謀したことはないし、選挙キャンペーンのメンバーが共謀したという事実も知らない。不適切な接触はまったくない。民間事業での私の活動のためにロシアの資金に依存したこともない。

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