2019年5月24日(金)

タイのプミポン国王が死去 在位70年
現役の国家元首で最長

2016/10/13 22:26 (2016/10/14 1:36更新)
保存
共有
印刷
その他

【バンコク=小谷洋司】病気療養中だったタイのプミポン・アドゥンヤデート国王(ラマ9世)が13日午後、首都バンコクの病院で死去した。88歳だった。在位70年4カ月は世界の現役の国家元首で最長だった。国民から絶大な支持と尊敬を集め、時に政治混乱に直接介入して事態を収拾するなどタイ社会の安定の要として存在感を発揮した。

ロイター

ロイター

プラユット暫定首相が同日午後7時(日本時間同9時)から国民向けに緊急テレビ演説し、国王が同日午後3時52分(日本時間同5時52分)に死去したと発表した。プラユット氏は「国家にとって大きな損失だ。永遠に記憶にとどめられるだろう」と述べた。1年間を服喪期間とする。

プラユット氏は後継者について「国王は1972年12月にすでに指名している」と説明。王位継承権1位のワチラロンコン皇太子(64)が跡を継ぐことを示唆した。

暫定議会は13日夜に緊急会合を開いた。

政府は経済界に臨時休業などを求めていない。タイ中央銀行も14日に全銀行が通常営業すると発表した。経済活動への影響を最小限に抑えたい政府の意向を示す。

プミポン国王は2014年に胆のう摘出手術を受け、その後は入退院を繰り返した。15年12月に裁判官の就任式典に出席して以来、公の場に姿を現していなかった。

1927年、プラチャーティポック国王(ラマ7世)の兄マヒドン親王の次男として米国で生まれた。46年6月、兄アナンタマヒドン国王(ラマ8世)の急死に伴い即位した。タイ国王としてもラマ5世の在位42年を超え最長記録だった。

63年に日本を国賓として公式訪問するなど60年代は盛んに外遊した。70年代以降はタイ国内の地方巡幸や病院慰問などを通じて国民と積極的に触れ合った。農村開発や灌漑(かんがい)整備、少数民族支援など王室プロジェクトを通じて多彩な社会活動を展開した。

92年、軍事政権と民主派勢力の衝突で300人以上の死傷者が出た際、王宮に当時のスチンダ首相と民主派指導者のチャムロン元バンコク都知事を呼び、事態を収拾した。玉座の前に2人をひざまずかせて指示する姿が生中継され、国内外に絶対的な権威を示した。

ただ10年のタクシン元首相派による反政府デモや、14年5月の軍事クーデターにつながった13年10月以降の反タクシン派とタクシン派政権の衝突など、近年の騒乱時には調停や事態収拾に動くことはなかった。

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報