2019年2月22日(金)

欧州で戦後70年行事、対ロ関係が影落とす 独仏は式典控えめ

2015/5/8付
保存
共有
印刷
その他

欧州は8日、第2次世界大戦の終結から70年を迎えた。ドイツでの追悼会合にはガウク大統領らが出席。祝日となったフランスや東欧諸国でも記念行事が行われた。ただ「戦後50年」や「60年」といった節目に比べて式典は控えめだった。ドイツと周辺国との和解が進んで終戦記念日の重要性が薄れていることや、ロシアとの関係悪化という国際情勢の変化がある。

1945年5月8日にナチス政権が無条件降伏し、欧州での組織的な戦闘が終わった。負けたドイツは解体され、国土のほぼ4分の1をソ連とポーランドに割譲。残った領土は英米仏ソの戦勝4カ国に占領された。

「8日は終結の日でもあり、始まりの日でもある」。ドイツ連邦議会(下院)の建物で行われた追悼会合の冒頭で、ラマート議長は語った。ドイツは終戦でナチスから「解放」され、民主国家として再出発したという意味合いがある。

メーンスピーカーは著名な歴史家のウィンクラー教授だった。「ほかの国にも大量虐殺はあった」という理屈でドイツの戦争犯罪を矮小(わいしょう)化しようとする動きを封じたことで知られる。

演説で過去を直視することは「すべてのドイツ人に求められる」と指摘。戦後にドイツに移り住んだ人たちにも戦争犯罪を語り継ぐ「責務」があると訴えた。反イスラエル感情の強いアラブ系の移民に、ユダヤ人虐殺への反省が薄いという調査を意識した発言だ。

ドイツの追悼会合からは、急速に人口が膨らむ移民に「過去への謝罪」をどう浸透させるかという悩みがにじんだ。

一方、フランスでは首都パリの凱旋門の近くの大通りを封鎖して特設の会場を設置。オランド大統領やバルス首相らが参加して、戦没者に献花した。これに先だってオランド大統領は「歴史は未来への教訓」と語った。終戦を「ドイツへの勝利」というよりも「和解への第一歩」と位置づけた格好だ。

ドイツが戦争犯罪を謝罪し、それをフランスが受け入れて欧州の和解を演出するという構図は、過去の終戦記念日と変わらない。

戦後30年だった1975年には当時のジスカールデスタン仏大統領がシュミット西独首相に「ドイツへの勝利を祝うというのは今回で最後にしたい」との書簡を送った。「(欧州統合に向けて)将来への道を切り開くときがきた」という路線は揺らいでいない。

欧州内の和解が進んで終戦記念日が「普通の日」になってきたのに対し、ロシアとの外交関係の悪化は中・東欧の式典に影を落とす。

スロバキアのキスカ大統領は8日、ソ連兵など連合国の兵士が埋葬されている墓地を訪れたが、「過去の思想は憎悪をまき散らした」と発言。その思想の代表例としてファシズムのほか、共産主義も挙げた。

ナチス敗北ではなく、ソ連崩壊でようやく民主国家として出発できたというのが中・東欧の考え。その認識はウクライナ危機でさらに増幅された。東欧を含めた欧州の首脳は9日にモスクワで開かれる対独戦勝記念式典への参加を見送る。

(ベルリン=赤川省吾)

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報