2019年2月17日(日)

故宇沢弘文氏、公害など社会問題批判 多分野に「門下生」

2014/9/26付
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宇沢弘文氏は経済学者として海外でもその名を知られ、ノーベル経済学賞の有力候補として期待された数少ない日本人だった。理論経済学で大きな業績を残した一方で、持ち前の批判精神から1970年代以降は一貫して「人間性の回復」を訴え、行動し続けた。

経済学者のジェームズ・トービン(右)、岩井克人氏(左)と並ぶ宇沢弘文氏(1985年ころ、東京)

経済学者のジェームズ・トービン(右)、岩井克人氏(左)と並ぶ宇沢弘文氏(1985年ころ、東京)

宇沢氏が経済学者として頭角を現したのは、50年代後半から60年代にかけての米国時代。初期の業績は、市場による調整機能を重視する「新古典派」理論に基づく成長理論。同氏の名を冠した「宇沢2部門成長モデル」という専門用語ができたほどで、発展途上国の支援策を検討する際などに幅広く利用され、新興国の台頭を陰で支えた。

しかし帰国して間もなく、研究対象を公害問題や環境問題に移した。74年に出版した「自動車の社会的費用」は大きな反響を呼んだ。熊本県・水俣などの公害現場に何度も足を運んだほか、成田空港問題でも円卓会議の座長として国と農家の和解に向けて努力した。

自らの思想信条へのこだわりと、フットワークの良さも人並みはずれていた。日本のどこかで公害問題が起きていると聞けば、リュック一つ背負って直ちに現地に飛び、実地調査する生活を続けた時期もあった。

また、学校、病院といった社会的インフラから自然環境までを包含する「社会的共通資本」という概念の重要性を提唱。環境、教育、医療などについても積極的に発言した。地球温暖化を防ぐため、二酸化炭素の排出1トンあたりの税率を1人あたり国民所得に比例させる「比例的炭素税」の導入などを提言した。

功績は経済理論の構築にとどまらない。教育者としての影響の大きさはよく知られている。2001年にノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授をはじめ世界中の様々な分野で「門下生」が活躍している。日本に戻ってからの教え子では、岩井克人・国際基督教大学客員教授が代表格。40歳代の若手も含め、日本で活躍する経済学者の多くが宇沢氏の薫陶を受けた。

(経済解説部 松林薫)

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