「日米同盟、危機が鍛えた」 ルース前駐日米大使
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2016/3/11 3:30
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 東日本大震災のどん底から立ち上がった5年間の復興は、米国を始め多くの国々からの様々な支援と声援抜きには進まなかった。日本とゆかりの深い海外の人々から届いたメッセージに耳を傾けたい。

――東日本大震災から5年が経過します。

「東北の人々が5年たった今も地震や津波、原発危機に苦しんでいることが私の頭から離れない。人々があの危機にいかに立ち向かっているかをみることほど感激することはない」

「われわれにとって重要なことは東北の人々のことを考え続け、手を差し伸べることだ。インフラを整備するだけでなく、多くを失った人々の心をいたわることを考えなければならない。私は日本に行くたびに日本のことが好きになる。いまだに(震災直後から米軍が展開した)トモダチ作戦の時の駐日米大使として感謝されるからだ」

――最も思い出す場面は何ですか。

「震災直後に訪ねた避難所でのことだ。自然に財産を奪われ、命を奪われたにもかかわらず、人間の精神は奪われていなかった。10歳ぐらいの少年が近づいてきて、慰めるように私に手を回して抱きついてきた。私はこの場面を決して忘れることはないだろう」

――オバマ政権はどの時点で米軍の派遣を決断したのですか。

「(東日本大震災が起きた)直後だ。日米両政府は首脳を含め様々なレベルで、連絡を取り合った。米エネルギー省は日本の関係省庁、米原子力規制委員会も日本の当局や東電と毎日連絡を取った」

――トモダチ作戦は日米同盟関係を新たな段階に発展させました。

「私がオバマ大統領とヒラリー・クリントン米国務長官(当時)に状況を伝えると、大統領はこの危機のさなかに米国が役立てることは何でもしてほしいと言った。米国がアジア太平洋地域で最も近い友人であり、同盟国である日本との関係を深化させることができたのは、誇りに思う」

――日本政府の対応には批判がありました。

「重要なことはその危機に素早く、効果的に反応することだ。ただ、地震、津波、原発事故が同時に起こり、日本を含めどんな政府であれ、対応するのは困難だったかもしれない」

――当時、日本は民主党政権でした。自民党政権だとしたら対応は異なっていたでしょうか。

「仮定の質問に答えるのは難しいが、私はそうは思わない。重大な危機のさなかに日米両政府は緊密に連絡を取り、意思疎通と協調体制は、どんどんよくなった」

――日本の人々へのメッセージを。

「私たちはこれからも東北の人々のことを忘れることはない。将来、われわれの手助けが必要なときは、そばに行って必ず力になる」

(サンフランシスコ郊外で、吉野直也)

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