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元経済同友会代表幹事、小林陽太郎氏が死去

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富士ゼロックス元会長で経済同友会の代表幹事を務めた小林陽太郎(こばやし・ようたろう)氏が5日午後5時26分、左慢性膿胸(のうきょう)のため東京都内の病院で死去した。82歳だった。連絡先は同社総務部。お別れの会を行うが日取りなどは未定。喪主は長男の格氏。

ロンドン生まれ。慶大経卒。1958年米ペンシルベニア大院修了、富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)入社。63年富士ゼロックスに移った。取締役販売本部長などを経て78年に44歳で社長就任。92年まで14年務めた。

70年代には「モーレツからビューティフルへ」と銘打ち、企業と社会のよりよい関係を訴える広告キャンペーンを展開して注目された。

国内外の人脈が広く、欧米の事情に通じた国際派経営者として知られた。社長時代には分散型オフィスの展開、ボランティア休暇の導入といった欧米型の経営手法を相次いで取り入れた。

日米経済協議会会長、ダボス会議議長などを歴任。日中両国の有識者でつくる「新日中友好21世紀委員会」の日本側座長も務め、両国の関係強化に尽力した。

財界活動では99年4月、牛尾治朗ウシオ電機会長の後任として同友会代表幹事に就任し、2期4年を務めた。外資系企業出身として初の経済団体トップで、行き過ぎた市場主義に警鐘を鳴らした。父は富士写真フイルムを世界的企業に育てた故・節太郎氏。

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